川瀬善太郎

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川瀬善太郎
川瀬善太郎

川瀬 善太郎(かわせ ぜんたろう、文久2年6月29日[1](1862年7月25日) - 昭和7年(1932年)8月29日[2])は、日本の林学者。

経歴

和歌山県出身。1890年(明治23年)、東京農林学校を卒業[3]。営林主事・林務官補となり、1892年(明治25年)より林政学研究のためドイツに留学した[1]。1895年(明治28年)、帰国とともに東京帝国大学農科大学教授となり、農商務省技師・山林局森林監査官を兼ねた[1]。1899年(明治32年)に農学博士の学位を得た[1]。1913年(大正2年)に再び欧米諸国に出張[3]。その後、東京帝国大学附属演習林長、農学部長を歴任した[3]。

栄典

著書

  • 『林政要論』(1903年、有斐閣)
  • 『欧米ノ林業』(農商務省山林局、1915年)
  • 『たぬき』(三浦書店、1916年)
  • 『しか』(大日本山林会、1923年)

脚注

  1. 1 2 3 4 人事興信録 1918.
  2. ↑ 『官報』第1705号、昭和7年9月3日。
  3. 1 2 3 人事興信録 1925.
  4. ↑ 『官報』第3672号「叙任及辞令」1924年11月18日。

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。