工業組合法
| 工業組合法 | |
|---|---|
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日本の法令 | |
| 法令番号 | 大正14年法律第28号 |
| 提出区分 | 閣法 |
| 種類 | 経済法 |
| 効力 | 廃止 |
| 成立 | 1925年3月11日 |
| 公布 | 1925年3月30日 |
| 施行 | 1925年9月1日 |
| 所管 | 商工省 |
| 関連法令 | 商工組合法 |
| 制定時題名 | 重要輸出品工業組合法 |
| 条文リンク | 官報1925年3月30日 |
工業組合法(こうぎょうくみあいほう、大正14年3月30日法律第28号)は、工業組合に関する日本の法律である。題名は、1931年の改正法(昭和6年4月2日法律第62号)の施行時に重要輸出品工業組合法から改題した。
1925年(大正14年)3月30日に公布、同年9月1日に施行され、商工組合法(昭和18年法律第53号)の施行により廃止された。
歴史
重要輸出品工業組合法
1925年に重要輸出品工業組合法の名称で制定された。重要な輸出品の製造業者に組合結成を促す一方で、組合が地区内の非組合員に対し事業活動の制限を命令することを可能にするものであった。このようなアウトサイダー規制を伴う立法は世界最初のものであった[1][注釈 1]。しかしそれほど組合結成が進まぬうちに金融恐慌が始まった[2]。
工業組合法
1931年には対象を国内向けの工業にも広げた工業組合法となった[3]。当時の恐慌下の社会情勢にあっては、輸出産業のみならず、中小企業も含めた組織化の推進が必要であったためである[4]。さらに組合は、組合員に対する融資や組合員の貯金の管理など銀行業務も行えることになった[注釈 2]。
商業部門を対象とした同様の法律である商業組合法も1932年に制定された[1]。
建設業は当初、工業組合法の対象になっておらず、1938年には国会に牧野良三が土木建築業組合法案を提出したが成立しなかった。結局1940年7月に商工省は建設業にも工業組合法を適用することにした[6]。
商工組合法
関連項目
脚注
- 注釈
- ↑ 当時の名古屋高等商業学校ではイギリスの経済学者で日本研究家(「Modern Japan and its problems」著者)のジョージ・シリル・アレンが講座をもっていた。
- ↑ 「組合員に対し、その営業に必要なる資金の貸付けまたは組合員の貯金の受入を併せ行うことを得」[5]。
- 出典
- 1 2 吉田仁風 編『日本のカルテル』東洋経済新報社、1964年、24-25頁。
- ↑ 由井常彦 1964, p. 79.
- ↑ 「重要輸出品工業組合法中改正の件」、昭和6年法律第62号重要輸出品工業組合法中改正法律施行期日の件。国立公文書館。
- ↑ 平沢照雄『1930年代日本における統制経済の構造と展開』1998年、10-11頁。
- ↑ 「重要輸出品工業組合法改正の件」
- ↑ 「日本土木建設業史II」編纂委員会 編『日本土木建設業史 II』日本土木工業協会、2000年、28頁。
- ↑ 産業組合史編纂会 編『産業組合発達史』 第5巻、産業組合史刊行会、1966年、288頁。
参考文献
- Modern Japan and its problems。G.S. Allen。1927年。
- 由井常彦『中小企業政策の史的研究』東洋経済新報社、1964年。