市原市立鶴舞中学校

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市原市立鶴舞中学校
北緯35度23分01.94秒 東経140度10分58.56秒 / 北緯35.3838722度 東経140.1829333度 / 35.3838722; 140.1829333座標: 北緯35度23分01.94秒 東経140度10分58.56秒 / 北緯35.3838722度 東経140.1829333度 / 35.3838722; 140.1829333
国公私立の別 公立学校
設置者 市原市
設立年月日 1947年(昭和22年)4月1日
閉校年月日 1971年(昭和46年)3月31日
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 〒299-0111
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市原市立鶴舞中学校(いちはらしりつ つるまいちゅうがっこう)は、千葉県市原市鶴舞にかつて存在した公立中学校[1]。通称は鶴中(つるちゅう)。1971年(昭和46年)3月31日をもって閉校した[2]。

概要

市原市南部の南総地区に位置する[3]。戦後の学校教育法施行に合わせて設置された中学校で、最も古い中学校のひとつに挙げられる[3]。1971年(昭和46年)3月31日に、南総地区のすべての中学校が翌日から市原市立南総中学校に統合されることに伴って閉校した[3]。

沿革

概歴

学校教育法施行により、1947年(昭和22年)に鶴舞町立鶴舞中学校として鶴舞町立鶴舞小学校の隣の敷地に開校し、1954年(昭和30年)に市町村合併で南総町が発足したことに伴い南総町立鶴舞中学校と改称、1967年(昭和42年)には南総町が市原市に吸収されたため、市原市立鶴舞中学校と改称している[4]。1971年(昭和46年)3月31日に閉校し、翌日、本校と牛久、戸田、平三の4校が合併して市原市立南総中学校が開校した[4]。なお、南総中学校は校舎建設が間に合わなかったため、翌年までは元所属中学校の校舎で授業を実施していた[4]。跡地は市原市立鶴舞小学校が新校舎を建設して現在も利用している。

年表

  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 鶴舞町立鶴舞中学校開校[1]。
  • 1954年(昭和29年)11月15日 - 南総町立鶴舞中学校に改称[4]。
  • 1967年(昭和42年)10月1日 - 市原市立鶴舞中学校に改称[4]。
  • 1971年(昭和46年)3月31日 - 翌日から市原市立南総中学校が開校することに伴い閉校[4]。

通学区域

小学校区

脚注

  1. 1 2 市原市教育委員会 編『市原のあゆみ』市原市、1973年。
  2. ↑ “南総中学校”. 市原市. 2022年11月12日閲覧。
  3. 1 2 3 市原市教育委員会 編『市原のあゆみ』市原市、1973年。
  4. 1 2 3 4 5 6 矢島秀朗『市原現代年表』市原市、2016年12月。

関連項目