市川寿美礼

ウィキペディアから、無料の百科事典
いちかわ すみれ
市川 寿美礼
市川 寿美礼
1955年
本名 松本 定子[1][2][3][4][5][6]
別名義 市川 すみれ(旧芸名)
生年月日 (1928-01-05) 1928年1月5日
没年月日 (1972-08-05) 1972年8月5日(44歳没)
出身地 日本の旗 日本・北海道札幌市
死没地 日本の旗 日本
身長 157 cm[7]
職業 女優
活動期間 1945年[1] - 1972年
主な作品
ラジオドラマ
『サザエさん』
テレビドラマ
『繭子ひとり』
テンプレートを表示

市川 寿美礼(いちかわ すみれ〈旧芸名:市川 すみれ(読み同じ)〉、1928年1月5日[7][1][8][2] - 1972年8月5日[8][3][4])は、日本の女優、声優[5]。

人物

北海道札幌市生まれ[8][注釈 1]。札幌実践女学校卒業[6][注釈 2]。実家は洋裁屋を営んでいた[9]。

1943年、市川三升の門下に入り[8][2][4]、東京劇場で初舞台[1]。1945年に劇団新派に入団し、市川紅梅に師事[7][8][2]。明るい下町娘役など2枚目半的な役柄で活躍し、特に女中役には定評があった[8][2]。1953年5月の「女中の青春」で初主演[8][10]。1955年にはラジオドラマ「サザエさん」でタイトルロールを演じ、同年の新派の舞台でも同役を演じた[8]。京塚昌子・近松芳江らともに若手のホープと目されたが[11]、1956年に退団[8][2]。1957年にフリーランスとなり[7][1]、プレーヤーズセンター(ラジオ・テレビ出演者団体)に所属[1]。活動の中心をラジオ・テレビに移す[8][12]。1961年に近松らと劇団東京新喜劇を結成したが[7][2]、翌年解散[2][13]。その後はさち子プロに所属[13]。私生活では独身を通しており、同じく独身の近松と同居生活を送っていた[8]。また、新橋で大衆酒場も営んでいた[12]。

1970年8月に乳がんが発覚し、近松らからは手術を勧められたが、本人は拒否[8]。徹底的な食餌療法によって一時は快方に向かうものの、テレビドラマ「繭子ひとり」の撮影中の1971年5月に病状が悪化[8]。だが降板はせず、楽屋で布団を敷き、医師の付き添いを受けながらも気力で役を演じきった[8]。

1972年8月5日、44歳の若さで乳がんにより死去[8][3][4]。東京・池上本門寺で行われた葬儀では近松が喪主を務め、「繭子ひとり」で夫婦役を演じた多々良純[注釈 3]、親交のあった真船豊(劇作家)夫妻、寺島信子、小沢昭一、富士真奈美らが参列した[8]。

出演

テレビドラマ  

ラジオドラマ

映画 

舞台

  • 三等重役(1952年、劇団新派) - 久保青子[14]
  • 息子の青春(1952年、劇団新派) - 女中
  • 滝の白糸(1952年、劇団新派) - 撫子
  • 女中の青春(1953年、劇団新派) - お啓(主演)
  • サザエさん(1955年、劇団新派) - 磯野サザエ(主演)
  • 雑居家族(1956年、劇団新派) - 浜子
  • 笑うべからず(1956年、日本劇場) - お里(主演)
  • がっこの先生(1959年、東宝現代劇) - まつ[15]
  • 奴を眠らせろ(1959年、劇団東芸) - 塩川[16]
  • おかあちゃん(1961年、東京新喜劇)[17]
  • 落第生乾杯(1962年、新宿コマ劇場)つるよ[18]
  • 山参道(1965年、蓮の実会)- おしま[19]
  • 鼬(1965年、蓮の実会)[19]

脚注

注釈

  1. ↑ 神奈川県出身としている資料もある'"`UNIQ--ref-00000014-QINU`"'
  2. ↑ 札幌商業学校卒業としている資料もある'"`UNIQ--ref-00000017-QINU`"'。
  3. ↑ 多々良は撮影中に間違って市川の魔法瓶を開けた際、中に青汁が入っているのを見て彼女の病名を知り、降板して手術を受けるべきではないかと思ったが、市川の役に対する強い意気込みを目の当たりにして、遂に言い出すことは出来なかったという'"`UNIQ--ref-0000003D-QINU`"'

出典

  1. 1 2 3 4 5 6
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8
  3. 1 2 3
  4. 1 2 3 4
  5. 1 2
  6. 1 2
  7. 1 2 3 4 5
  8. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
  9. ↑ 大宅壮一「芸能基地」『日本新おんな系図』中央公論社、1959年、198頁。
  10. ↑
  11. ↑
  12. 1 2
  13. 1 2 『日本タレント年鑑70』日本タレント年鑑刊行会、1970年、175頁。
  14. ↑  日本演劇協会 編『戯曲代表作選集 演劇年鑑 1953年』早川書房、1967年、361頁。
  15. ↑ 菊田一夫『菊田一夫戯曲選集 3』演劇出版社、1967年、587頁。
  16. ↑ 内外文化研究所 編『左翼文化運動便覧 1960年版』武蔵書房、1960年、282頁。
  17. ↑ 『芸能』11月号、芸能学会、1961年、74頁。
  18. ↑ 『芸能』8月号、芸能学会、1962年、82頁。
  19. 1 2