庵原忠胤

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庵原 忠胤
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 不明
官位 安房守
主君 今川義元→氏真
氏族 由比氏→庵原氏
父母 父:由比忠任
養父:庵原忠職(忠次とも)
兄弟 由比安忠、由比忠徳、由比忠国、忠胤
養兄弟:忠縁
子 元政?
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庵原 忠胤(いはら ただたね)は、戦国時代の武将。今川氏の家臣。駿河国庵原城主。

略歴

由比氏から庵原忠職の養子に入り家督を継いだ。

天文10年(1541年)に甲斐国を追放され今川家に保護されていた武田信虎が、永禄4年(1561年)に今川氏真に対する謀叛を企てていたのを阻止し、信虎を駿河から追放するのに功を成した。永禄11年(1569年)、武田信玄が駿河に侵入すると、先陣として由比で抗戦するが敗れた(薩埵峠の戦い)。

今川義元の側近として有名な太原雪斎は義叔父にあたる。

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