廣田和生

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ひろた かずお
廣田 和生
2018年12月15日、横浜国際プール
生誕 1960年(65 - 66歳)
国籍 日本の旗 日本
出身校 関東学院大学
職業 実業家、バスケットボール関係者
著名な実績 横浜ビー・コルセアーズの創設
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廣田 和生(ひろた かずお、1960年 - )は、日本の実業家、バスケットボール関係者。プロバスケットボールチーム・横浜ビー・コルセアーズの創設を主導し、代表を務めた。横浜スポーツエンタテインメント株式会社および株式会社ファクトの元代表取締役。

経歴

生い立ちと協会活動

関東学院大学のバスケットボール部員だった2年次、当時のマネージャーから「バスケットボールはプレー以外でも楽しさがあるスポーツだ」と声をかけられたことをきっかけに、選手からマネージャーに転じた。学生時代には学生役員として、神奈川県学生連盟委員長と神奈川県バスケットボール協会理事を務めた[2]。

卒業後は、母校の関東学院大学バスケットボール部で男子部助監督と女子部監督を務めた[3]。あわせて、神奈川県バスケットボール協会常務理事[4]、関東大学バスケットボール連盟理事[5]、神奈川学生バスケットボール連盟副理事長[6]、横須賀バスケットボール協会理事[7]などの役員を務め、東芝ブレイブサンダースと富士通レッドウェーブの試合の運営・進行にも携わった[8]。

1995年9月には、労働者派遣事業と有料職業紹介事業を営む株式会社ファクトを設立した[9]。

横浜ビー・コルセアーズの設立

2005年にbjリーグが発足した後、神奈川県内でも同リーグへの参入を目指す複数の団体が活動を始めた[3]。人材派遣会社を経営し、バスケットボール界とのつながりもあった廣田は、多くの相談を受けるなかで設立活動の中心を担うことになった[3]。

bjリーグは参入団体に「事業性」と「地域性」を求めていた[10]。廣田は神奈川県バスケットボール協会の理事を務めており、設立計画には同協会の事務局長だった元日本代表の小川直樹(のちの横浜ビー・コルセアーズ初代ゼネラルマネージャー)らも参加した。また、県内で別に設立活動を進めていた関係者の一部も計画に合流した[8][3]。

2010年3月、運営会社となる横浜スポーツエンタテインメント(YSE)株式会社を設立し、代表取締役社長に就任した[11][12]。同年には「神奈川県プロバスケットボールチーム設立委員会」の委員長として参入に向けた活動を主導し、8月26日にリーグの参入承認を得た[8][12]。当時の神奈川県は、2009年度実績で競技者数約3万7,000人、加盟チーム数約1,900チームと、ともに全国1位だった[12]。YSEは、興行だけでなくスクールや学童保育なども含む事業を展開し、年間約3億円とされた運営資金をチケット収入に頼らずに確保する構想を掲げていた[12]。チーム名とロゴは一般公募され、チーム名は455件の応募案をもとに「B-CORSAIRS」に決まった[3][13]。

経営危機と経営体制の再編

チーム設立準備中の2011年3月に東日本大震災が発生したことで、スポンサーの獲得が大きく難航し、チーム立ち上げ時の経営に影を落とした[14]。競技面では、参入初年度の2011-12シーズンにプレーオフでセミファイナルに進出し、2年目の2012-13シーズンにはbjリーグ初優勝を果たした[13]。一方で、2012-13シーズンの観客数は1試合平均1,203人とbjリーグ全体で13位にとどまり[15]、同シーズンの終盤には経営危機が表面化した[14]。シーズン終了まではなんとか持ちこたえたものの、終了時点でYSEは債務超過と運転資金不足に陥っていた[14]。

2013年5月、選手契約や試合運営を含む球団運営を、YSEからbjリーグのプロデュースを手がける大手広告通信社に全面委託することが決まった[16]。廣田は2013年7月付で横浜ビー・コルセアーズの代表を退き、会長に就任した[14]。あわせて、廣田が保有していた株式(100%、1,680株)をいったんYSEに無償で譲渡し、YSEはそのうち51%をバディ企画研究所に譲渡して、同社から当座の運転資金の融資を受けた[14]。残る49%は1株5万円で一般公募によって売却された[17]。以後、チーム運営は大手広告通信社が担い、YSEはバディ企画研究所とともにバスケットボールスクールの運営などに取り組んだ[18]。2015年まではYSEが大手広告通信社に球団運営を委託する形が続いたが、同年にYSEは解散し、10月5日付で新たな運営会社として株式会社横浜ビー・コルセアーズが発足したことで、廣田は球団運営から完全に離れた[要出典]。

この間の2012年12月、廣田が代表を務めていた株式会社ファクトは民事再生法の適用を申請している[19]。

経営危機の要因

横浜ビー・コルセアーズが立ち上げから2年足らずで経営危機に陥った理由として、廣田は次の3点を挙げている。

  • チーム立ち上げ時期(2011年3月)に発生した東日本大震災の影響で、予定していたスポンサーのほとんどが撤退し、スポンサー収入が当初予定の10分の1しか集まらなかったこと[14]。
  • 横浜スポーツエンタテインメントが社員3名という少人数で運営されており、自治体との交渉やスポンサーの獲得など、あらゆる面でマンパワーが不足して機能不全に陥っていたこと。廣田は「スポンサーひとつとっても一度で当然決まるはずもなく、二度三度、十回でも二十回でも通わなければならない。また、行政との調整も一度や二度ではできません。社員は私を入れても4名。どうしてもマンパワーが不足し、我々の思惑とは違う色々なほころびが出てきました」と述べている[14]。
  • チケット収入に頼らない収益の柱と考えていたスクール事業が、思うように立ち上がらなかったこと[20]。

その後

その後、神奈川県内のバスケットボール協会や関東大学バスケットボール連盟などで役員を務めた。また、横浜ビー・コルセアーズ戦の中継で解説を担当していた[21]。

脚注

  1. 1 2 廣田和生 (hirota.kazuo.7) - Facebook
  2. ↑ “SPORTSよこはま > SPORTSよこはまVol.26:特集(3/3)”. 公益財団法人横浜市体育協会 スポーツ事業部スポーツ情報課. 2018年7月9日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 “横浜のプロバスケチーム「横浜ビー・コルセアーズ」が立ちあがった経緯とは?”. 株式会社アイ・ティ・エー (2012年3月23日). 2018年7月8日閲覧。
  4. ↑ “協会概要”. 一般社団法人神奈川県バスケットボール協会. 2013年9月23日閲覧。
  5. ↑ “理事会”. 一般社団法人関東大学バスケットボール連盟. 2018年7月8日閲覧。
  6. ↑ “理事会”. 神奈川学生バスケットボール連盟. 2018年7月8日閲覧。
  7. ↑ “横須賀バスケットボール協会 役員一覧”. 横須賀バスケットボール協会 (2014年7月18日). 2018年7月8日閲覧。
  8. 1 2 3 “あんどうたかおのバスケにどっぷり > vol.36「横浜にプロバスケットチームが出来る」”. 公益財団法人横浜市体育協会 スポーツ事業部スポーツ情報課 (2010年9月15日). 2018年7月8日閲覧。
  9. ↑ “合併並びに事業統合のお知らせ”. 株式会社ファクト (2007年9月). 2018年7月8日閲覧。
  10. ↑ “エクスパンション、新規加入申込み数のご報告”. 株式会社日本プロバスケットボールリーグ (2010年4月9日). 2018年7月8日閲覧。
  11. ↑ “横浜スポーツエンタテインメント株式会社設立のご案内”. 横浜スポーツエンタテインメント株式会社 (2010年3月). 2018年7月8日閲覧。
  12. 1 2 3 4 “プロバスケチーム、誕生へ ホームタウンは横浜「bjリーグ」に参入”. タウンニュース社 (2010年9月16日). 2026年11月1日閲覧。
  13. 1 2 “チームヒストリー| 横浜ビー・コルセアーズ”. 横浜ビー・コルセアーズ. 2018年6月22日閲覧。
  14. 1 2 3 4 5 6 7 “【書き起こし】横浜ビーコルセアーズブースター説明会”. YOKOHAMA B-CORSAIRS BOOSTERS SITE (2013年6月). 2018年7月8日閲覧。
  15. ↑ “横浜ビー・コルセアーズ2012-2013 ホームゲーム入場者数”. YOKOHAMA B-CORSAIRS BOOSTERS SITE. 2018年7月9日閲覧。
  16. ↑ 「プロバスケbjリーグ 横浜が運営全面委託、大手広告通信社に/神奈川」神奈川新聞、2013年5月28日。2013年9月23日閲覧。
  17. ↑ 「bjリーグ横浜、株主を一般公募」神奈川新聞、2013年6月28日。2013年9月23日閲覧。
  18. ↑ 『横浜ビー・コルセアーズよりお知らせ』(プレスリリース)横浜ビー・コルセアーズ、2013年6月28日。2013年9月23日閲覧。
  19. ↑ “(株)ファクト/民事再生申請”. JC-NET (2012年12月3日). 2018年7月8日閲覧。
  20. ↑ “ビーコル bj初制覇の軌跡【2】運営支える集客・事業”. タウンニュース社 (2013年7月18日). 2018年7月18日閲覧。
  21. ↑ “<第14節>横浜ビー・コルセアーズ vs レバンガ北海道(12.23横浜国際プール) 解説:廣田和生”. GAORA. 2018年7月8日閲覧。

関連項目

外部リンク