徳川登代子

ウィキペディアから、無料の百科事典

徳川 登代子(とくがわ さよこ、1865年7月21日(慶応元年閏5月29日) - 1939年(昭和14年)8月[1])は、江戸時代末期から昭和時代の女性。清水徳川家第7代当主・徳川篤守の妻。父は小笠原忠幹。

生涯

安志藩主・小笠原忠幹の次女として生まれる。清水徳川家第7代当主・徳川篤守の妻となり、1884年(明治17年)に長男の徳川好敏を出産した。篤守との間に5男5女を儲けたが、後に離縁した[2]。

1939年(昭和14年)、死去した[1]。

脚注

  1. 1 2 『平成新修旧華族家系大成 上』霞会館、1996年、p.340。
  2. ↑ 『平成新修旧華族家系大成 下』霞会館、1996年、p.158。