志村文一郎

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志村 文一郎(しむら ぶんいちろう、1927年10月20日 - 2003年11月14日)は、日本の経営者。電気化学工業社長を務めた。東京都出身[1]。

経歴

1950年に東京商科大学を卒業し、同年に電気化学工業に入社[1]。1972年6月に取締役に就任し、1980年6月に常務、1986年6月に専務を経て、1988年6月には社長に就任[1]。1994年6月に会長に就任[2]。1960年のローマ・オリンピックでは、水泳選手団のマネージャーを務め、日本水泳連盟監事なども歴任[3]。

2003年11月14日に呼吸不全のために死去[4]。76歳没。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 1991, し10頁.
  2. ↑ 1994年 3月18日 日本経済新聞 朝刊 p13
  3. ↑ 2003年 11月28日 日本経済新聞 夕刊 p5
  4. ↑ 2003年 11月15日 日本経済新聞 朝刊 p39

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第36版 上』興信データ、1991年。