政治決断

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政治決断(せいじけつだん)とは、賛否が分かれて結論が出ない問題や、法令に明確な規定がない事項について、政治的責任を負う立場にある内閣総理大臣や閣僚、首長などが自らの政治的方針に基づいて決定を下すことである。政治判断とも呼ばれる。

概要

社会的な対立が存在する局面や正解が一つではない複雑な問題に直面した際に下される。法律や規則に明確な規定がない場合や、複数の選択肢がいずれもメリットとデメリットを併せ持つ場合、政治的意向で最終的に何を優先するかを決定する。一般的な行政実務や司法判断と比較した際、政治判断は価値選択と利益調整という側面を強く持つ。多様な利害関係者が存在する中で全員を納得させることが不可能な場合、特定の利益を優先し、あるいは妥協点を見出すことが求められる。

また、不確実性への挑戦という側面も不可欠である。完璧な情報や未来予測が存在しない状況下であっても、タイミングを逃さずに決定を下さなければならない。このような判断の結果は社会に多大な影響を与えるため、その成否に関わらず、判断を下した政治家が有権者や歴史に対して政治的責任という結果責任を負うことになる。政治判断が強く求められる局面として、大規模災害や感染症のパンデミック、テロや武力衝突などの有事においては、超法規的または迅速な意思決定が必要となる。

過去に政治決断と称された事案

  • 1977年、フランスのパリにおいて日本航空機が、経由地のインド、日本赤軍によりハイジャックされ、身代金の要求等がなされた。日本国政府は議論の末、当時の福田赳夫首相が人命は地球より重いと述べて、身代金の支払い及び、超法規的措置としてメンバーなどの引き渡しを決断。身代金と、釈放に応じたメンバーなど6名をダッカへ輸送した。この決断に関しては、賛否両論の声があった。
  • 2000年、芦浜原子力発電所計画について、当時の三重県知事北川正恭が白紙撤回を表明した。地元では本計画に対して賛否両論が渦巻く中、政治決断を行ったものである。
  • 2001年(平成13年)、熊本地裁は、国立ハンセン病療養所にいる入所者がらい予防法による国の隔離政策の継続は違憲であると判断した。当時の小泉純一郎首相は控訴することを断念した。これまで厚生労働省では、薬害や公害等による訴訟に関しては最高裁まで争うことが通常であったが、政治決断により、控訴を断念している。
  • 2007年薬害C型肝炎問題で原告側は裁判の長期化等を避けるために、国に対して政治決断を声高に求めた。当時の福田康夫首相は、原告側の声や世論の声等を背景に、最終的に被害者を一括救済することを決めた。大阪高等裁判所から提示されていた和解案は病状に応じて補償額を変えているものであったため、患者側の反発を受けていたが、これを政治決断で解消した形となった。福田内閣の支持率低下が背景にあるとも言われている。

関連項目