救世主イエス・キリスト

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イエス・キリスト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
聖カタリナ修道院所蔵のイエスのイコン

イエス・キリスト(古代ギリシア語: Ίησοῦς Χριστός[注 1]、ヘブライ語: יְהוֹשֻׁעַ[注 2]、 ラテン語: Iesus Chrestus[注 3]、漢字:耶蘇基督[1]または耶蘇[2](日本語読み:やそ[3][4]))は、キリスト教を創始した、または創始した人物であるという意を有する人物である。

ギリシア語で「キリストであるイエス」、または「イエスはキリストである」という内容を意味しており、イエス・キリストがフルネームというわけではない。イエスというのは「神の救い」という意味があるが古代イスラエルのユダヤ人としては普通の名前[5]で、人としてはしばしばナザレのイエスと呼ばれる。キリストは、ヘブライ語のマシアハ(メシア)のギリシャ語訳のクリストスから来たもので、もとは「油を塗られた(注がれた)者」という意味で、古代イスラエルで王や祭司等がその任に就く際に油を塗る儀式が行われことに由来し、転じて「(神から使命を果たすために)選ばれた者」という意味を持つ[5][6]。したがって、「救世主イエス」という呼び方に相当する[5]。

本項では、キリスト教の観点から見た、始祖・創始者としてのイエスについて述べる。正統派の教義では、イエスは神性と人性を併せ持った存在とされる(両性説)。史的イエスについては「ナザレのイエス」の記事を参照のこと。

概要

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キリスト教の多くの教派において、イエス・キリストは神の子であり、それが受肉して人となった、真の神であり真の人である救い主として[7][8][9]信仰の対象としている(三位一体)。[10][11][12]。(三位一体を否定している教派は、一般的に異端と見なし敵対視する)

旧約聖書中の預言者に続き、新約聖書中でイエスは「יהוה(ヤハウェ)は唯一の神である[13][14][15][16]」とことさらに強調し[10]、以下の記述により、イエスが父なる神 יהוה(ヤハウェ)の子、三位一体の位格の1つ「子なる神」であると解釈する。

  1. 御使い(天使)たちを遣わす特権と天国を父のものであると言明すること(マタイ 13:41-43)。
  2. 罪を赦す権威の宣言と、反対者への説得(マルコ 2:5-12)。
  3. 終末において父からの祝福の有無で人を裁く権威の主張(マタイ 25:31-46)。
  4. 安息日が神と人のためにあるという断言(マルコ 2:27-28)。
  5. 父なる神の子であることを強調(ヨハネ 10:30)。
  6. 誕生前から預言者と律法によって明かされていた神の小羊であると主張(ヨハネ 3:13、ヨハネ 8:58)。
  7. 裁判に訴えられた際に、神のメシアであり、預言と律法通りに死を見たあと蘇ることを認めた(マタイ 26:63)。
  8. 使徒トマスはダビデの預言[17]がイエスにおいて成就したのを見て「私の主、私の神」 との言明を否定しなかったこと(ヨハネ 20:28)。
  9. 自身を「神の子」といい、自分を神と同列に語った(ヨハネ 5:2-18)。

イエスの言行を記した福音書を含む『聖書』は、世界でもっとも翻訳言語数が多い歴史的ベストセラーであり、音楽・絵画・思想・哲学・世界史などに測り知れない影響を与えた。

名称

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原則としてmヘブライ語では ישוע המשיח (יֵשׁוּעַ הַמָשִׁיחַ /Yēšúa Ha-Mašīaḥ/ 、イェーシュア・ハ=マシーアハ)、「油を注がれた(聖別された)者(=メシア)であるイエス」という意味である。

ヘブライ語の語源

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イエスの語源は、ヘブライ語で「ヤハウェ(יהוה)は救い(הוֹשִׁיעַ hoshía)」を意味する[9][18]ユダヤ人の男性名。原語であるヘブライ語では יֵשׁוּעַ Yēšúa(イェーシュア)または יְהוֹשֻׁעַ Yĕhōšúa(イェホーシューア、ヨシュア)。また、近年の聖書原音復元運動や、言語学的精査においては、原音の検証から天の御父の御名である「ヤフーア(𐤉𐤄𐤅𐤄)は救い」に由来し、「わたしはあなたの救い主(I am your Deliverer)」という意味を持つיהושע(Yahusha/ヤフーシャ:𐤉𐤄𐤅𐤔𐤏)と音訳し、後世の母音変化や転写に影響されない、本来のヘブライ語の響きを重視して呼称する傾向も見られる。『旧約聖書』の「民数記」や「ヨシュア記」に登場するイスラエル人(ユダヤ人)の指導者ヨシュアなどと同名である。他の預言者や王などと同様に、יהוה(ヤハウェ/ヤフーア:𐤉𐤄𐤅𐤄)の短縮形である יהו(Yah)を含む[9][18]。ただ、当時のユダヤ人としてはありふれた一般的な男性名であった。

ラテン文字の綴字問題

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ラテン語(や英語)において定着した「J」という文字は、もともとは「I」の変形として16世紀半ばに提唱され、17世紀前半(1629年の聖書改訂など)になって定着したものであるため、本来のヘブライ語における「ヤ(Ya)」の発音とは音声的にも乖離している。このため「Jesus」などの表記は、本来の原音である「Yahusha(ヤフーシャ)」から後世に人工的・段階的に変容したものであるという指摘もなされている。

命名の告げ知らせ

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この名は福音書によると、イエスが胎内にいる時に、ナザレのヨセフまたはイエスの母マリアに天使ガブリエルが現れて告げた名であると記されている。

主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。 — 『マタイによる福音書』第1章第20-21節(口語訳聖書)
六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。
「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい」。 — 『ルカによる福音書』第1章第26節, 31節(口語訳聖書)

インマヌエル預言

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紀元前8世紀頃に記されたとされる旧約聖書『イザヤ書』には、マリアの処女懐胎を想起させる記述がある。

それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。 — 『イザヤ書』第7章第14節(口語訳聖書)

『マタイによる福音書』では、これを引用して、預言の成就であると解釈している。

すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。 — 『マタイによる福音書』第1章第22-23節(口語訳聖書)

このため、「インマヌエル」という名がイエス・キリストの別名のような扱いをされることがある(聖歌「Veni, Veni, Emmanuel」など)。

キリスト

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「キリスト」は、メシア(ヘブライ語: מָשִׁיחַ Mašīaḥ、アラム語: ܡܫܺܝܚܳܐ m'šīḥā')のギリシア語訳である Χριστός Khrīstós、およびラテン語: Christus の日本語慣用表記。「救世主」というニュアンスで理解されることが多いが、原義は「油を注がれた者」という意味である[19]。また元来、固有名詞ではなく称号である[20]。

イエス・キリスト

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「イエス・キリスト」はギリシア語で主格を並べた同格表現で、「キリストであるイエス」「イエスはキリストである」の意味である。

マタイ伝・マルコ伝はそれぞれの冒頭で「ダビデの子イエス・キリスト」「神の子イエス・キリスト」と呼び表しており、この結合表現は新約の他の文書でも用いられている。パウロ書簡には「イエス・キリスト」と並んで「キリスト・イエス」の表現も見られるが、紀元1 - 2世紀の間に「イエス・キリスト」の方が定着していった。

「キリスト」は救い主への称号であったため、キリスト教の最初期においては、イエスを「イエス・キリスト」と呼ぶことは「イエスがキリストであることを信じる」という信仰告白そのものであったと考えられる。

しかし、キリスト教の歴史の早い段階において、「キリスト」が称号としてではなくイエスを指す固有名詞であるかのように扱われ始めたことも確かであり[注 4]、パウロ書簡においてすでに「キリスト」が固有名詞として扱われているという説もある[注 5][21]。

英語では、Jesus Christ(ジーザス・クライスト)と表記される。

Yahusha ha Mashiak(ヤフーシャ・ハ・マシアク)

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聖書原音復元運動や言語的精査の立場においては、英語の「Jesus Christ(ジーザス・クライスト)」を日本語表記した「イエス・キリスト」という慣用呼称に対し、原音であるヘブライ語の音韻をそのまま保つ「Yahusha ha Mashiak(𐤄𐤌𐤔𐤉𐤔 𐤉𐤄𐤅𐤔𐤏/ヤフーシャ・ハ・マシアク:メシア)」という表記・呼称が用いられる。

英語の「Jesus」および日本語の「イエス」は、ヘブライ語からギリシャ語(Iesous)、ラテン語を経て後世に段階的に転写・音変換されたものであり、父の御名との言語的関連性が失われている。

聖書においては「わたし(𐤉𐤄𐤅𐤔𐤏/ヤフーシャ)は、わたしの父の御名(𐤉𐤄𐤅𐤄/ヤフーア)によって来た」(YAHUKANON aka『ヨハネによる福音書』5章43節)と証言されている通り、救い主(メシア)の固有名は天の御父の御名(YAHUAH)をその名前の内に含んでいることが構造的・預言的条件とされる。

そのため、天の御父の御名「YAHUAH/ヤフーア/𐤉𐤄𐤅𐤄」を冠し「わたしはあなたの救い主」を意味する「YAHUSHA/ヤフーシャ/𐤉𐤄𐤅𐤔𐤏」と、「油注がれた者」を意味する本来のヘブライ語「ha Mashiak(ハ・マシアク)」を合わせた固有識別名こそが、ギリシャ語化や英語化(Jesus Christ)を経る前の、約束と歴史(Turah)に即した真実の呼称であると位置付けられている。

イーサー

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アラビア語からは「イーサー」と転写しうる。

日本語の呼称・呼称問題

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מָשִׁיחַ という人名を日本語でいかに表記すべきかという問題には、非常にセンシティブかつ複雑な歴史があるが、現在では『新共同訳』の表記である「イエス」が一般的である。ウィキペディア日本語版も、原則として「イエス」とする。

前近代の日本

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歴史的には、戦国時代から江戸時代初期にかけてのキリシタンは、当時のポルトガル語(Jesus)の発音から「ゼズス」と呼んだ。また。末尾のSが脱落した「ゼズ」、語頭のJと語中のSが脱落した「エス」という呼称もあった[22]。なお、現代ポルトガル語における Jesus の発音は「ジェズス(ジェズース)」に近い。

伝統的な漢訳聖書や漢文では「耶蘇」という字を用いた。これに対応する日本語の字音は「やそ」となる。また、北京語・普通話発音をあえて日本語で表記した場合「イェスー」(拼音: Yēsū)に近く、「イエス」とも似ている。

近代の日本

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近代に入り禁教令が解かれると、各教派毎に宣教・聖書翻訳が行われた。その際、各教派は מָשִׁיחַ という語に対して異なる翻訳を行った。ただし、西洋の影響から原則としてギリシア語・ラテン語に依拠していた。

また、正教古儀式派による「イスス」という呼称もある。これは、東スラヴ地域・東スラブ語の伝統的呼称である。日本では1910年前後の函館に古儀式派の共同体が存在していたが、現在は完全に消滅している。

現代の日本

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第二次世界大戦・第二バチカン公会議後のエキュメニズムの流れを受け、用語の統一が模索され始めた。

1978年に完成したプロテスタント・カトリック共同の『共同訳』では、中立的な「イエスス」という呼称が用いられた。この時期に書かれたキリスト教関連書には、教派を問わず「イエスス」と書いているものが多数ある。しかし、プロテスタント・カトリックの双方の激しい抵抗を受け、結果的に殆ど定着しなかった。

『共同訳』の後継として1987年に完成した『新共同訳』でも引き続きこの問題が残ったが、議論の末にプロテスタント寄りの「イエス」が採用された。これは和田幹男らの呼びかけを受けて、カトリック側が妥協したことによる[23]。以後、日本のカトリック教会では「イエス」が公式的とされ、最新の『ローマ・ミサ典書』での表記も「イエス」に改められた。ただし、「イエズス」の呼称も根強く残っている。例えば、カトリックの間で広く読まれている『フランシスコ会訳』は「イエズス」に統一しており、教会ラテン語を基準とする修道会の名称にも「イエズス会」「イエズスの聖心」「幼きイエズス」といった名称が残存している。特に伝統カトリックの間では、プロテスタント的な「イエス」を強く拒否する傾向がある。

また、日本ハリストス正教会は、一貫して「イイスス」を用いている。

イエス・キリストに対する見解

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以下、イエス・キリストとは何者かについて、正教会、カトリック教会、聖公会、プロテスタントに共通する見解を、主に教派ごとの出典に基づいてまとめる。

見解

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イエス伝

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3世紀にギリシアでパピルスに書かれたルカによる福音書。アイルランド・ダブリンのチェスター・ビーティ図書館所蔵

各エピソードの詳細は、それぞれの項目を参照。

旧約聖書

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降誕と幼少時代

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『イエスの神殿への奉献』(1886年 - 1894年頃の作品、ジェームズ・ティソ、en:James Tissot)

ヨセフの婚約者であったマリアは、結婚前に聖霊により身ごもった。紀元前3年9月、ツァドク暦で第7ホデシュの15日からの仮庵の祭りの頃、天使の御告によりヨセフはマリアを妻に迎え男の子が生まれ、その子をイエスと名づけた。彼、イエスは現在のイスラエル・ヨルダン川西岸地区。ベツレヘムの出身。大多数の教会では12月25日を誕生日と記念しクリスマスとして祝う。しかし、聖書の記述にはイエスの誕生日を明確に明言している箇所は1つもなく、イエスの誕生日が12月25日であるという確証はない。

かなり広く受け入れられていた説明によると、カトリックが、274年以来、12月25日をイエスの誕生と定めたのは、ローマで、太陽が一年のうちで最も長い夜に打ち勝つ日を祝っていたからであるという意見である。この説明の根拠は、降誕祭の典礼と当時の教父たちが、イエス・キリストの誕生と聖書の「正義の光」(マラキア4,2)や「世の光」(ヨハネ1,4他)双方の間に、平行関係を確立させたことにある。しかし、これを証明するのは難しい上に、当時のキリスト者が異邦人の祝日をキリスト教典礼暦に採用したと考えることは、特に迫害が終ったばかりの頃だから、難しいと思われる。勿論、時が経つに連れてキリスト教の祝日が異教の祝いを吸収したと考えることはできるだろう[33]。

後世のカトリック教徒が定めたからイエスの誕生日が12月25日となったとされる。むしろ、ルカ2:8の文書ではイエスが誕生した時の様子として「羊飼いたちが夜に、野宿しながら羊の群れの番をしていた。」の記述があることから、イエスが12月に誕生したと考えるには無理がある(ベツレヘムでは12月は冬の季節であり、冬の寒い時期に羊飼いが夜に戸外にいるのを見かけることはないと考えられる)。

イエスはガリラヤ地方のナザレで育つ。ルカの福音書によれば、大変聡明な子であったという。

受洗、荒野の誘惑

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『曠野のイイスス・ハリストス』(1872年作、イワン・クラムスコイ)

そのころ、洗礼者ヨハネがヨルダン川のほとりで「悔い改め」を説き、洗礼を施していた。イエスはそこに赴き、ヨハネから洗礼を受ける。

そののち、御霊によって荒れ野に送り出され、そこで40日間断食し、悪魔の誘惑を受けた。

宣教活動

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『山上の垂訓』(1877年作、カール・ハインリッヒ・ブロッホ)

荒野での試練の後イエスはガリラヤで宣教を開始する。また弟子になった者の中から12人の弟子を選び、彼らに特権を与えた。彼らは十二使徒と呼ばれる。

その後、イエスと弟子たち、また彼らを支える女性たちの活動は3年数か月に及ぶ[注 6]。

受難、死、復活、昇天

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『この人を見よ (Ecce Homo)』(アントニオ・チゼリ)、エルサレムの人々にイエスを示すピラト
『ゴルゴファ(ゴルゴタの丘)の夕べ』(1869年作、ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン)、ハリストス(キリスト)の埋葬準備の光景

(カーリエ博物館蔵)。キリスト(ハリストス)がアダムとイヴの手を取り、地獄から引き上げる情景。旧約の時代の人々にまでさかのぼって復活の生命が主であるハリストスによって人類に与えられたという『ハリストスの地獄降り』と呼ばれる正教会の伝承による。

当時、指導者的地位にあった律法学者はイエスに対する妬みに駆られ、殺害計画を企てていた。そこで、自らをユダヤ人の王であると名乗り、また「神の子」あるいはメシアであると自称した罪を彼に被せ、衆議会の裁判にかけられたあと、ローマ総督府に引き渡されゴルゴタの丘で磔刑に処せられた。

その後、十字架から下ろされ墓に埋葬されたが、3日目に復活し、大勢の弟子たちの前に現れた。肉体をもった者として復活したと聖書の各所に記されている。

正教会、カトリック教会、プロテスタントなど多くの教派で、キリストの死者の中からの復活は、初期キリスト教時代からの教えの中心的内容とされており[35][36][37][38]、多くの教派で復活祭は降誕祭(クリスマス)と同等か、もしくは降誕祭より大きな祭として祝われる。

キリストの再臨

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フレスコ画イコン『主の復活』
  • 再臨 - イエスは自分が再臨する時について予告している。雲に乗って来ることになっている[注 7][40][41]。

歴史的背景

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イエスが活動した1世紀前半のユダヤ地方は、ローマ帝国の支配下に置かれた地域であり、ユダヤ人社会の内部でも宗教的・社会的・政治的な立場が多様化していた。イエスの活動を理解するためには、当時の第二神殿時代のユダヤ教、ガリラヤの社会構造、エルサレム神殿の宗教的役割、およびローマ帝国との関係を考慮する必要がある[42]。

当時のガリラヤは、ユダヤ人住民を中心とする地域であった一方、周辺地域との交易やヘレニズム文化との接触も存在していた。イエスはこのような環境の中で活動し、その宣教の中心には「神の国」という概念が置かれていたとされる。共観福音書は、イエスの活動を神の国の到来を告げる宣教として描いており、現代の研究でも神の国はイエスの教えを理解するための主要なテーマの一つとされている[43][44]。

第二神殿期ユダヤ教との関係

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イエスの宗教的背景はユダヤ教であり、その言動は第二神殿期のユダヤ人社会の内部で理解する必要がある。イエスの教えには、トーラー、預言者、詩編などのユダヤ教聖典への言及が多く含まれている。したがって、イエスの教えを後世のキリスト教神学だけから理解することは、1世紀の歴史的状況を再構成するうえでは不十分である[45]。

また、福音書に登場するファリサイ派、サドカイ派、律法学者、祭司などとの論争は、必ずしも「キリスト教対ユダヤ教」という後世の対立構造にそのまま置き換えることはできない。イエス自身がユダヤ人社会の内部に属していたことから、これらの論争の多くは、当時のユダヤ教内部に存在した律法解釈、清浄規定、安息日、神殿、食事、共同体のあり方などをめぐる議論として研究されている[46]。

ガリラヤにおける活動

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福音書によれば、イエスの公的活動の主要な舞台はガリラヤであり、ナザレ、カファルナウム、ガリラヤ湖周辺などが重要な場所として描かれている。ガリラヤでの活動は、都市部だけではなく村落、湖畔、街道、会堂、個人の家など多様な場所で行われたとされる[47]。

イエスの教えは、専門的な宗教教育を受けた学者だけを対象とするものではなく、農民、漁師、病人、貧困者、社会的に周縁化された人々など、幅広い層を対象としていたと福音書は伝えている。食事を共にする行為や病人への接触は、単なる社会的交流ではなく、神の国が人間社会にもたらす回復を象徴する行為として解釈されることがある[48]。

比喩とたとえ話

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イエスの教えにおいて特徴的なのが、たとえ話、比喩、格言、逆説的表現である。共観福音書には、農耕、漁業、婚宴、家族、商取引、借金、労働、旅など、1世紀のパレスチナ社会で身近だった生活場面を題材とする多数のたとえ話が記録されている[49]。 たとえ話は、単純な道徳訓だけを提示する形式とは限らず、聞き手に解釈を要求する構造を持つものも多い。そのため、個々のたとえ話がイエス自身によってどのように語られたのか、また福音書記者がどの程度編集したのかについては、聖書学において継続的な研究対象となっている[50]。

神の国の宣教

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イエスの宣教における「神の国」は、単に死後に存在する天上の世界を意味する概念としてだけではなく、神による支配が人間の世界に実現することを指す表現として研究されている。共観福音書では、イエスは神の国の到来を宣言すると同時に、病人の癒やし、悪霊の追放、食事、罪人との交流などを通して、その到来を行動によって示した人物として描かれている[51]。 神の国の理解については、イエスが将来における終末的な神の支配を期待していたとする解釈と、神の国の一部がすでに現在の社会において始まっているとする解釈など、複数の学説が存在する。この問題は、歴史的イエス研究における終末論研究の主要な論点の一つである[52]。

弟子と共同体

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福音書は、イエスが個人として活動しただけではなく、複数の弟子を選び、彼らを宣教活動に参加させたと伝えている。特に「十二人」の選択は、イスラエルの十二部族を想起させる象徴的行為として解釈されている[53]。 弟子たちは、イエスの死後にその活動を継続し、イエスについての記憶と教えを共同体の中で伝承した。この過程は、後に福音書が成立するまでの口承伝承の形成を考えるうえでも重要である。福音書そのものは現代的な意味での伝記ではなく、イエスに関する伝承を宗教的・神学的な目的と結びつけて記述した古代の文書として研究されている[54]。

女性とイエスの活動

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福音書には、イエスの活動に女性が継続的に登場する。マグダラのマリア、ベタニアのマルタ、ベタニアのマリアなどがその例である。女性がイエスの弟子集団や支援者として描かれることは、初期キリスト教における女性の役割を研究するうえで重要な資料となっている[55]。 特にマグダラのマリアは、四福音書の受難物語と復活物語において重要な位置を占める。後世には彼女を売春婦と同一視する伝承が広まったが、この同一視は新約聖書本文そのものから直接導かれるものではなく、後世の解釈によって形成されたものである[56]。

神殿とエルサレム

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イエスの最後のエルサレム滞在において、エルサレム神殿は重要な意味を持つ。福音書には、イエスが神殿の境内で商人や両替商を追い出した出来事が記されている。この出来事の歴史的詳細については議論があるが、イエスと神殿との関係は、彼の死に至るまでの経緯を理解する上で重要な論点とされている[57]。 イエスのエルサレムでの活動は、単なる地方宗教家としての活動から、ユダヤ教の中心地である神殿と政治権力との関係に接触する段階へ移ったものとして研究されている。1世紀のエルサレムでは、宗教的権威と政治的権力が完全に分離していたわけではなく、神殿は宗教施設であると同時に社会的・経済的にも重要な機関であった[58]。

イエスの死の歴史性

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イエスの生涯については、福音書の各記述の間に相違が存在する一方、洗礼者ヨハネによる洗礼と、ポンティウス・ピラトの統治下におけるイエスの処刑は、歴史的イエス研究において特に強い史料的支持を持つ出来事とされている[59]。 ローマの歴史家タキトゥスは『年代記』15.44において、キリスト教徒の名称の由来となった「Christus」がティベリウス帝の治世中にポンティウス・ピラトゥスによって処刑されたと記している[60]。 この記述はイエス本人を直接観察した証言ではなく、タキトゥスが後世のキリスト教徒について得た情報を記録したものと考えられるが、ローマ側の史料から1世紀のキリスト教運動とその創始者の処刑に関する情報を検討する際の重要な資料となっている[61]。

ヨセフスによる言及

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1世紀のユダヤ人歴史家フラウィウス・ヨセフスは、『ユダヤ古代誌』の中で「イエスと呼ばれたキリストの兄弟」とされるヤコブについて記述している。『ユダヤ古代誌』20巻では、大祭司アンナスの子であるアンナスが、ヤコブと他の者たちを裁判にかけた出来事が述べられている[62]。 ヨセフスの記述はイエス自身の生涯を詳細に説明するものではないが、1世紀後半のユダヤ社会においてイエスとその運動に関係する人物が認識されていたことを考察する資料となる。なお、ヨセフスの別の箇所にあるイエスへの言及、いわゆる「フラウィウスの証言」については、本文の一部に後世のキリスト教徒による加筆が存在する可能性をめぐって長い学術的議論が続いているため、各部分を区別して扱う必要がある[63]。

イエスの言語

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イエスが日常的に使用した言語については、アラム語が主要な候補とされる。1世紀のパレスチナではアラム語、ヘブライ語、ギリシア語などが異なる場面で使用されており、単一の言語だけで社会全体を説明することはできない[64]。 新約聖書は主として古代ギリシア語で書かれているため、イエスの発言がどの程度正確に当時の話し言葉を反映しているかという問題も存在する。福音書には、ギリシア語本文の中にアラム語由来と考えられる表現が保存されている例があり、初期キリスト教文書がイエスの言葉を複数の言語的段階を経て伝えた可能性を示している[65]。

歴史的イエスと信仰のキリスト

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近代以降の聖書研究では、「歴史的イエス」と、キリスト教信仰における「キリスト」を分析上区別する方法が発達した。「歴史的イエス」は古代史料から歴史学的手法によって再構成される人物像を指し、「信仰のキリスト」は復活、神性、救済、三位一体などのキリスト教神学において理解されるイエスを指す場合がある。 ただし、この二つを完全に別個の人物として扱うことが歴史学上の合意であるわけではない。むしろ、歴史的なイエスについての研究と、初期キリスト教共同体がイエスをどのように理解したかという研究を区別することが、学術的には重要とされる[66]。 イエスの死後、弟子たちはイエスの死を単なる運動の終焉としてではなく、神による救済行為と結びつけて解釈した。この解釈が初期キリスト教共同体の宣教と礼拝の中心となり、やがてイエスの死と復活に関する神学的理解が形成されていった[67]。

初期キリスト教におけるイエス理解の多様性

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イエスの死後、イエスについての理解は単一の形で発展したわけではない。初期キリスト教の諸共同体では、イエスをメシア、主、預言者、神の子、知恵の体現者など、異なる概念を用いて表現する伝統が形成された。これらの表現は、ユダヤ教的なメシア思想、聖書の知恵文学、終末論、ヘレニズム世界の宗教的・哲学的環境など、複数の知的背景と関係している[68]。 また、パウロ書簡は福音書よりも早い時期に成立したキリスト教文書を含んでおり、イエスの死後数十年以内に形成された初期キリスト教の信仰と共同体の状況を研究するうえで重要である。パウロ書簡におけるイエス像は、後に成立した福音書とは表現方法や神学的関心が異なる一方、イエスの死、復活、メシアとしての地位を中心的に扱っている[69]。

復活信仰の成立と初期共同体

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イエスの復活は、キリスト教信仰の中心的教義となっただけでなく、初期キリスト教共同体の形成を理解するうえでも重要である。歴史学的には、イエスが復活したという超自然的出来事そのものを歴史的方法によって実証することはできないため、研究者は、イエスの死後に弟子たちが復活を信じるようになったという歴史的現象と、その信仰の神学的意味を区別して扱う[70]。 初期の復活信仰は、イエスが神によって死者の中から起こされたという宣言と結びついており、これがイエスをメシアとして宣教する運動の原動力となった。こうした信仰は、後の福音書に記された復活物語の形成以前から存在していたと考えられている[71]。

史料の性格と歴史研究

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イエスについての主要な資料は新約聖書、とりわけ四福音書である。しかし、福音書は現代的な意味での中立的な伝記ではなく、それぞれ異なる神学的目的と共同体の状況を背景として成立した文書である。そのため、歴史研究では複数の福音書を比較し、同一の出来事についての一致点と相違点を検討する方法が用いられる[72]。 さらに、パウロ書簡、ヨセフス、タキトゥスなどの資料を福音書と比較することで、イエス本人についての情報だけでなく、1世紀におけるイエス運動の社会的・政治的背景を検討することができる。ただし、これらの資料は成立時期、目的、著者の立場が異なるため、それぞれの証言を同じ重みで扱うことはできない[73]。

研究史

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歴史的イエス研究は近代以降、複数の段階を経て発展してきた。19世紀には福音書を歴史資料として批判的に検討し、イエスの生涯を合理的に再構成しようとする試みが盛んになった。その後、20世紀には文書批判、様式史、編集史などの方法が発展し、福音書がどのように成立したかが研究された[74]。 20世紀後半から21世紀にかけては、イエスを1世紀ユダヤ教の文脈に置く研究がさらに重視されるようになった。また、考古学、社会史、古代ユダヤ文学、ローマ史、言語学などの成果を組み合わせる学際的研究も行われている[75]。 歴史的イエスについては、出生年、具体的な発言、個々の奇跡、エルサレムでの出来事の詳細などに関して研究者間で意見の相違が残されている。一方、イエスが1世紀のユダヤ人として存在し、洗礼者ヨハネと関係を持ち、最終的にポンティウス・ピラトのもとで処刑されたという点は、現代の歴史研究において特に広く受け入れられている事項である[76]。

関連する歴史的人物

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イエスの歴史的環境を理解するうえでは、洗礼者ヨハネ、ヘロデ・アンティパス、ポンティウス・ピラト、カイアファ、アンナスなどの人物も重要である。これらの人物は、新約聖書だけではなく、ヨセフスなどの古代史料にも登場する場合があり、イエスの活動を1世紀のユダヤ・ローマ社会の中に位置付けるための比較資料となる[77]。 特にポンティウス・ピラトは、ユダヤ属州のローマ側統治者としてイエスの処刑に関する福音書の物語に登場するだけでなく、タキトゥスの記述にもイエスの処刑者として現れる。このことは、イエスの処刑をローマ帝国の統治と刑罰制度の文脈から検討する際に重要である[78]。

脚注

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  2. ↑ 平岡希久『基督教案内 耶蘇降生一千八百九十三年』メソヂスト出版舎、1892年。
  3. ↑ 精選版 日本国語大辞典 「耶蘇・耶穌」の意味・読み・例文・類語 ー コトバンク
  4. ↑ 大山巌:明治6(1873)年12月25日の日記より ー 国立国会図書館
  5. 1 2 3 “「イエス・キリスト」という名前の本当の意味は?”. イマジニア株式会社. 2025年5月23日閲覧。
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  9. 1 2 3 Іисусъ, Іисусъ Христосъ - Полный церковнославянский словарь(『教会スラヴ語大辞典』)内のページ(画像ファイル)
  10. 1 2 “Yahuah and Yahusha DENIED the Trinity”. boatrvgroup.com. 2021年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月7日閲覧。
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  12. ↑ “1 John 5:7 For there are three that testify:”. biblehub.com. 2020年12月7日閲覧。
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  14. ↑ “Matthew 22:37 Interlinear: And Jesus said to him, 'Thou shalt love the Lord thy God with all thy heart, and with all thy soul, and with all thine understanding --”. biblehub.com. 2020年12月7日閲覧。
  15. ↑ “Deuteronomy 6:4 Interlinear: Hear, O Israel, Jehovah our God is one Jehovah;”. biblehub.com. 2020年12月7日閲覧。
  16. ↑ “Deuteronomy 6:5 Interlinear: and thou hast loved Jehovah thy God with all thy heart, and with all thy soul, and with all thy might,”. biblehub.com. 2020年12月7日閲覧。
  17. ↑ “Psalm 110:1 Interlinear: A Psalm of David. The affirmation of Jehovah to my Lord: 'Sit at My right hand, Till I make thine enemies thy footstool.'”. biblehub.com. 2020年12月7日閲覧。
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  24. 1 2 3 4 正教会からの参照:Jesus Christ, Son of God, Incarnation(アメリカ正教会)
  25. 1 2 3 4 カトリック教会からの参照:Christology(カトリック百科事典)
  26. 1 2 3 4 聖公会からの参照(但しこの「39箇条」は現代の聖公会では絶対視はされていない):英国聖公会の39箇条(聖公会大綱)一1563年制定一
  27. 1 2 3 4 ルーテル教会からの参照:Christ Jesus.(Edited by: Erwin L. Lueker, Luther Poellot, Paul Jackson)
  28. 1 2 3 改革派教会からの参照:ウェストミンスター信仰基準
  29. 1 2 3 4 参照:Of God and of the Holy Trinity., Of Christ the Mediator. (いずれもThe 1677/89 London Baptist Confession of Faith)
  30. 1 2 3 4 メソジストからの参照:フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p73 - p75, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
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  33. ↑ “3. なぜ12月25日にイエスの誕生を祝うのですか。”. オプス・デイ (2014年2月4日). 2020年8月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月23日閲覧。
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  36. ↑ J. Radermakeres, P. Grelot(1987年10月20日)『聖書思想事典』730頁 - 735頁 三省堂
  37. ↑ 日本ハリストス正教会教団(昭和55年)『正教要理』52頁 - 55頁
  38. ↑ イエスが父と呼んだ神 第三回 ナザレのイエスへのアプローチ (岩島忠彦:上智大学神学部教授)
  39. ↑ マタイ 8:20、マタイ 9:6
  40. ↑ マタイ 24:30
  41. ↑ マルコ 13:26
  42. ↑ Sanders, E. P. (1993). The Historical Figure of Jesus. Penguin Books
  43. ↑ Stanton, Graham (2002). “The Kingdom of God”. The Gospels and Jesus. Oxford University Press. pp. 203–217
  44. ↑ Wenham, David (2021). “The Kingdom of God”. Jesus in Context: Making Sense of the Historical Figure. Cambridge University Press. pp. 112–121
  45. ↑ Meier, John P. (1991). A Marginal Jew: Rethinking the Historical Jesus, Volume 1: The Roots of the Problem and the Person. Doubleday
  46. ↑ Sanders, E. P. (1992). Judaism: Practice and Belief, 63 BCE–66 CE. SCM Press
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  50. ↑ Crossan, John Dominic (1973). In Parables: The Challenge of the Historical Jesus. Harper & Row
  51. ↑ Bauckham, Richard (2011). “Teaching the kingdom of God”. Jesus: A Very Short Introduction. Oxford University Press
  52. ↑ Viviano, Benedict T. (2009). “Eschatology and the Quest for the Historical Jesus”. The Oxford Handbook of Eschatology. Oxford University Press. pp. 73–90
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  61. ↑ Tacitus. “XV.44”. Annals. Perseus Digital Library
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  67. ↑ Hurtado, Larry W. (2003). Lord Jesus Christ: Devotion to Jesus in Earliest Christianity. Wm. B. Eerdmans Publishing
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  69. ↑ Dunn, James D. G. (1998). The Theology of Paul the Apostle. Wm. B. Eerdmans Publishing
  70. ↑ Ehrman, Bart D. (2014). How Jesus Became God: The Exaltation of a Jewish Preacher from Galilee. HarperOne
  71. ↑ Dunn, James D. G. (2003). Jesus Remembered. Wm. B. Eerdmans Publishing
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  74. ↑ Viviano, Benedict T. (2009). “Eschatology and the Quest for the Historical Jesus”. The Oxford Handbook of Eschatology. Oxford University Press. pp. 73–90
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  76. ↑ Theissen, Gerd; Merz, Annette (1998). The Historical Jesus: A Comprehensive Guide. Fortress Press
  77. ↑ Josephus. Antiquities of the Jews. University of Chicago, Penelope
  78. ↑ “Tacitus, Annals, XV.44”. Perseus Digital Library. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。

参考文献

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  • Bauckham, Richard (2011). Jesus: A Very Short Introduction. Oxford University Press 
  • Dunn, James D. G. (2003). Jesus Remembered. Wm. B. Eerdmans Publishing 
  • Hurtado, Larry W. (2003). Lord Jesus Christ: Devotion to Jesus in Earliest Christianity. Wm. B. Eerdmans Publishing 
  • Meier, John P. (1991–2016). A Marginal Jew: Rethinking the Historical Jesus. Doubleday 
  • Powell, Mark Allan (1998). Jesus as a Figure in History: How Modern Historians View the Man from Galilee. Westminster John Knox Press 
  • Sanders, E. P. (1993). The Historical Figure of Jesus. Penguin Books 
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  • Viviano, Benedict T. (2009). “Eschatology and the Quest for the Historical Jesus”. The Oxford Handbook of Eschatology. Oxford University Press 
  • “Tacitus, Annals, XV.44”. Perseus Digital Library. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 古代ギリシア語再建例: Iēsoûs Khrīstós イエースース・クリーストース、中世~現代ギリシア語: Ιησούς Χριστός [i.iˈsus xrisˈtos] 転写例: イイスース・フリストース
  2. ↑ 聖書ヘブライ語: Yēšúa [ˈjɛ.ʃuː.ə], 転写例: イェーシュア
  3. ↑ 古典ラテン語: Iēsūs Chrīstus [iˈeːsuːs ˈkʰriːstus], 転写例: イエースース・クリーストゥス、教会ラテン語: [ˈjeːzus ˈkristus], 転写例: イェーズス・クリストゥス
  4. ↑ ブルトマンは、ギリシア語 Χριστός が翻訳されることなく Christus としてラテン語に導入されたことを、固有名詞化の一根拠としている[21]。
  5. ↑ フィリピ3:20などに「主イエス・キリストが救い主として来られる」とある。ここでパウロが「キリスト」を称号として用いていたと想定すると、この句は単なる同語反復になる。
  6. ↑ イエスの公生活中に「過越の祭り」が3回あったことから推定できる[34]。
  7. ↑ 「人の子」はしばしばイエス自身の事を指して用いられる[39]。

出典

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参考文献

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  • 新共同訳新約聖書 日本聖書協会
  • 口語訳新約聖書 日本聖書協会
  • 口語訳旧約聖書 日本聖書協会
  • 『新約聖書』フランシスコ会聖書研究所訳注、中央出版社、初版1979年。
  • ウォルシャム・ハウ『聖ヨハネ伝註解』聖公会出版社: 国立国会図書館 デジタルコレクション

関連項目

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