散在ガ池
| 散在ガ池 | |
|---|---|
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| 所在地 | 神奈川県鎌倉市今泉台七丁目930番1 |
| 位置 | 北緯35度20分28.7秒 東経139度33分43.8秒 / 北緯35.341306度 東経139.562167度座標: 北緯35度20分28.7秒 東経139度33分43.8秒 / 北緯35.341306度 東経139.562167度 |
| 河川 | 砂押川 |
| ダム湖 | 散在ガ池 |
| ダム諸元 | |
| ダム型式 | 溜池 |
| 堤高 | 13.3 m |
| 堤頂長 | 56.5 m |
| 湛水面積 | 9,495 ha |
| 総貯水容量 | 29,900 m3 |
| 利用目的 | 灌漑 |
| 着手年 / 竣工年 | ? / ? |
散在ガ池(さんざがいけ)、散在ヶ池、または鎌倉湖(かまくらこ)は、神奈川県鎌倉市今泉台七丁目にある、明治時代初期に築造された溜池・人造湖である。現在は周囲の丘陵地や森林とともに散在ガ池森林公園として整備され、散策や自然観察ができる場所となっている[1][2]。
概要
鎌倉市今泉台七丁目に位置する灌漑用の人工池である。鎌倉市の公式資料によれば、海抜は43メートル、面積は9,495平方メートル、湖岸線延長は772メートル、最大水深は7.6メートル、平均水深は3.1メートル、貯水量は29,900立方メートルである[1]。池としては市内最大という[3]。
池の周辺は散在ガ池森林公園となっており、池を周回する約2.4キロメートルの散策路や見晴らし台などが整備されている。園内には「せせらぎの小径」「パノラマの小径」「馬の背の小径」などの散策路があり、野鳥の観察や季節ごとの自然景観を楽しむことができる[1][4]。
歴史
散在ガ池のある土地は、もともと今泉山称名寺の持山であった。江戸時代末期の安政年間(1854年 – 1859年)ごろ、寺の住職がこの土地を大船・岩瀬・今泉の3つの集落に無償で分与したことから、この山は「散在の山」と呼ばれるようになったと伝えられている[1]。
江戸時代の当地は主に、3村の村民らが家畜の餌に用いる草を刈るのに用いられていたが、大船・岩瀬地域の「千石」なる水田の水不足が深刻化したため、1864年(元治元年)、この池を農業用水池として利用することが決まった[5]。この池は古来より存在しており[3]、1869年(明治2年)、この地域を統轄していた小菅谷(現在の横浜市栄区)の代官・梅澤与次右エ門が、岩瀬・今泉の集落の有志を集め、灌漑用水池として整備・築造した[1][5]。
鎌倉市の資料では、築造時の土堰堤は長さ70メートル、幅5.5メートルとされる。「散在の山中にある池」という意味から「散在池(さんざいけ)」と呼ばれ、現在の「散在ケ池」という名称につながったとされる[1]。鎌倉池とも呼ばれたが、これは観光地化が目的であったといわれる[5]。
1957年(昭和32年)には大船土地改良区が結成され、池の堤の改修が行われた。堤高13.3メートル、堤長56.5メートルの土堰堤は1959年(昭和34年)に完成した[1]。1967年(昭和42年)から1968年(昭和43年)にかけて、池の背後の丘陵地で宅地造成が行われた。これに伴い、散在ガ池には住宅地の調整池としての機能が整備された[1]。
伝承
散在ガ池には、池の主とされる大ウナギにまつわる伝承があったといい、『かまくら子ども風土記』によると、次のような内容である[5]。
昔、この付近に長野丸という長者が住んでいた。子宝に恵まれなかった長者夫婦は氏神に祈り、池の魚を殺してはならないというお告げとともに男児を授かり、
これは子供たちに水の危険を訓示したり、水泥棒を防いだりするための村人の知恵であったと考えられるという[5]。
散在ガ池森林公園
池の周囲は散在ガ池森林公園として整備されている。園内には散策路、見晴らし台、トイレ、ベンチ、テーブルなどがある。鎌倉市は、園路に起伏が多いため、歩きやすい靴での来園を案内している[1]。
公園は自然環境を身近に楽しめる場所であり、春には池の周辺で桜が見られるほか、野鳥などの生物を観察することができる[1]。
アクセス
住所
- 神奈川県鎌倉市今泉台7-930-1