日下部宗正

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日下部宗正
時代 江戸時代前期
生誕 不明
死没 慶安4年(1651年)
別名 五郎八、兵右衛門[1]
主君 徳川秀忠
氏族 日下部氏
父母 日下部宗好、成瀬正一娘[1]
子 定芳(宗芳)[1]
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日下部 宗正(くさかべ むねまさ)は、江戸時代の武士。江戸幕府旗本。

経歴・人物

徳川秀忠に仕え、西丸小姓組番士となり、蔵米200俵を賜う[1]。寛永10年(1633年)2月7日200石を加えられ、蔵米を采地に改められ知行高400石となる[1]。2月26日家督を継ぐ[1]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 『寛政重修諸家譜』巻第六百七十