日鉄鉱業

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日鉄鉱業株式会社
Nittetsu Mining Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証プライム 1515
1954年3月3日上場
略称 日鉄、日鉄鉱、NMC
本社所在地 日本の旗 日本
〒100-8377
東京都千代田区丸の内2丁目3-2
設立 1939年(昭和14年)5月20日
業種 鉱業
法人番号 5010001008730 ウィキデータを編集
事業内容 鉱業、銅ほか鉱産物の加工・販売及び輸出入
石炭・石油製品の仕入販売
機械・化成品類の開発及び販売
不動産業
など
代表者 森川玲一(代表取締役社長) 
資本金 41億76百万円(2025年3月31日現在)
発行済株式総数 835万2,319株
売上高 連結:1,967億円
(2025年3月期)
営業利益 連結:102億円
(2025年3月期)
経常利益 連結:114億円
(2025年3月期)
純利益 連結:90億円
(2025年3月期)
純資産 連結:1,519億円
(2025年3月31日現在)
総資産 連結:2,401億円
(2025年3月31日現在)
従業員数 連結:2,199名
単独:715名
(2025年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本製鉄 10.32%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 8.58%
日鉄鉱業奨学会 8.14%
BNYM AS AGT/CLTS NON TREATY JASDEC 5.74%
株式会社麻生 4.87%
CEPLUX-THE INDEPENDENT UCITS PLATFORM 2 3.96%
(2025年3月31日現在)
主要子会社 日鉄鉱コンサルタント 100%
新和商事 100%
船尾鉱山 100%
外部リンク https://www.nittetsukou.co.jp/
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日鉄鉱業株式会社(にってつこうぎょう、英:Nittetsu Mining CO., Ltd.)は、東京都に本社を置く、石灰石の採掘や銅鉱山の開発・操業などを行っている企業。かつて、堂島関東証券(現・内藤証券)の筆頭株主であった。

証券業界では「日鉄山(にってつやま)」と呼ばれる。

概要

1899年に官営八幡製鉄所の原料部門として創業し、1939年に日本製鐵株式會社の鉱山部門が独立する形で設立された。当初は、鉄鉱石、石炭などの製鉄向け原料の総合開発を目的としていた。しかし、石炭産業部門は、1972年に撤退。鉄鉱石などの金属部門は、1970年代以降の円高不況によって分離・縮小した。

2025年現在、総合資源会社として、国内で石灰石などの非金属資源、海外(チリなど)で銅鉱山の開発・操業などに取り組んでいる[1]。

資源事業を中心に、4つのセグメントで事業を展開している[2]。

資源事業
  • 鉱石部門(石灰石の採掘など)
  • 金属部門(銅鉱山の開発・操業、電気銅の製錬事業など)
  • 資源開発部門(製鉄原料、銅鉱石などの探査・開発活動)
機械・環境事業
  • 環境部門(独自開発の水処理剤「ポリテツ」の販売など)
  • 機械部門(集じん機などの産業機械の販売など)
不動産事業
再生可能エネルギー事業
  • 地熱部門(地熱エネルギーの調査・開発および地熱蒸気の供給・販売など)
  • 太陽光発電部門

沿革

  • 1899年(明治32年)- 官営八幡製鉄所の原料部門として、二瀬炭鉱(福岡県嘉穂郡鎮西村/現・飯塚市)が創業。
  • 1934年(昭和9年)1月 - 官営八幡製鉄所を中心に民間製鉄5社の現物出資により、日本製鐵が発足。
  • 1939年(昭和14年)5月 - 石炭、鉄鉱石、石灰石等の製鉄原料の総合開発と安定供給を目的として、日本製鐵の鉱山部門が独立し、資本金5,000万円をもって設立。二瀬鉱業所、釜石鉱業所、倶知安鉱業所、赤谷鉱業所を継承。
  • 1943年(昭和18年)2月 - 東鹿越鉱業所を開設。
  • 1950年(昭和25年)
    • 8月 - 井倉鉱業所を開設。
    • 10月 - 津久見鉱業所(現・大分事業所)を開設。
    • 12月 - 船尾鉱業所(現・船尾鉱山。連結子会社)を開設。
  • 1951年(昭和26年)
    • 10月 - 葛生鉱業所(現・栃木事業所)を開設。
    • 11月 - 関東証券の経営に参画。のち1953年(昭和28年)4月には資本参加。
  • 1954年(昭和29年)3月 - 株式上場。
  • 1956年(昭和31年)5月 - 炭鉱機械メーカーであった幸袋工作所に資本参加することにより、機械事業へ進出。
  • 1957年(昭和32年)4月 - 八茎鉱業所(現・八茎砕石)を開設。
  • 1958年(昭和33年)4月 - 尻屋鉱業所を開設。
  • 1959年(昭和34年)5月 - 三鷹研究所を開設。
  • 1961年(昭和36年)9月 - 営業部門の強化を目的として新和商事(現・連結子会社)を設立。
  • 1963年(昭和38年)
    • 1月 - 鉱山コンサルタント部門を分離し、日鉄鉱山コンサルタント(現・日鉄鉱コンサルタント。連結子会社)を設立。
    • 3月 - 北上産業(現・日鉄鉱建材。連結子会社)に資本参加。
  • 1964年(昭和39年)7月 - 長尾山採石所を開設。
  • 1965年(昭和40年)10月 - 久原採石所(現・山口採石所)を開設。
  • 1966年(昭和41年)11月 - 日本ボールバルブ(現・連結子会社)に資本参加。
  • 1968年(昭和43年)11月 - 三井金属鉱業他との共同出資により、日比共同製錬株式会社を設立。
  • 1970年(昭和45年)11月 - 足立石灰工業との共同出資により、アテツ石灰化工(現・連結子会社)を設立。
  • 1971年(昭和46年)4月 - 鳥形山鉱業所を開設。
  • 1972年(昭和47年)
    • 4月 - 日本セメント(現・太平洋セメント)他との共同出資により、津久見共同採掘(現・連結子会社)を設立。
    • 6月 - 伊王島鉱業所の閉山をもって石炭生産部門から撤退。
  • 1973年(昭和48年)
    • 2月 - 直営生コン工場を分離し、日鉄鉱道南興発(現・連結子会社)を設立。
    • 10月 - 機械営業部門を設置。
  • 1975年(昭和50年)3月 - カレザリ銅鉱山(イラン)の操業を開始。
  • 1977年(昭和52年)1月 - 重機整備部門の拡大を目的として津久見車輛整備工業(現・連結子会社)の株式を取得。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 釜石鉱業所を廃止し、釜石鉱山(現・連結子会社)を設立。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 津久見鉱業所の支山を分離し、四浦珪石(現・連結子会社)を設立。
  • 1980年(昭和55年)1月 - 幸袋工作所の子会社であった嘉穂製作所(現・連結子会社)の全株式を取得。
  • 1985年(昭和60年)4月 - 化成品営業部門を設置。
  • 1988年(昭和63年)10月 - 久原採石所を山口採石所に改称。
  • 1989年(平成元年)
    • 4月 - 不動産事業部門を設置。
    • 4月 - 三鷹研究所を研究開発センターに改称。
  • 1991年(平成3年)
    • 1月 - エル・ロブレ銅鉱山(コロンビア)の操業を開始。
    • 12月 - カレザリ銅鉱山をイラン銅公社に売却。
  • 1993年(平成5年)10月 - チリ共和国での銅鉱山開発のため、日鉄鉱チリ(現・連結子会社)を設立。
  • 1994年(平成6年)10月 - 研究開発センターを東京都日の出町に移転。
  • 1997年(平成9年)3月 - 古河機械金属などとの共同出資により、オーストラリアにポート・ケンブラ・カパー社を設立。
  • 1998年(平成10年)
    • 5月 - 千葉県袖ケ浦市に袖ヶ浦物流センターを開設。
    • 6月 - エル・ロブレ銅鉱山をコロンビア法人に売却。
    • 7月 - 堂島証券が合併し、堂島関東証券が発足。
  • 2003年(平成15年)
    • 1月 - アタカマ銅鉱山(チリ)の試操業を開始(同年6月より本格操業に移行)。
    • 3月 - 幸袋工作所の破砕機事業を同年1月に設立した幸袋テクノ(現・連結子会社)に移管し、幸袋工作所を解散。
  • 2006年(平成18年)
    • 1月 - 津久見鉱業所が行っていた石灰石加工・出荷業務を引き継ぐため、津久見石灰石(現・連結子会社)を設立。
    • 6月 - ポート・ケンブラ・カパー社株式を古河メタルリソースへ譲渡し、同社の経営から撤退 。
  • 2008年(平成20年)
    • 4月 - 三井鉱山(現・日本コークス工業)の子会社であった北海道共同石灰(現・北海道石灰化工。連結子会社)の全株式を取得。
    • 6月 - 堂島関東証券の行う自己株式取得に応じ、当社保有の全株式を売却し、証券事業から撤退。
  • 2009年(平成21年)3月 - 葛生鉱業所が行っていた石灰石採掘・加工業務を引き継ぐため、葛生石灰砕石(現・連結子会社)を設立。
  • 2013年(平成25年)
    • 3月 - 子会社の日鉄鹿児島地熱が行っていた地熱蒸気及び熱水供給の業務を引き継ぐため、霧島地熱(現・連結子会社)を設立。
    • 4月 - 子会社の日鉄鹿児島地熱を吸収合併。鹿児島事業所を開設。
    • 10月 - 新日鐵住金の保有する住金鉱業(現・八戸鉱山)株式(持分比率70%)を譲り受け、連結子会社とする。

事業所所在地

国内外に事業所を構える。国内石灰石鉱山は直轄5鉱山、グループ会社2鉱山の合計7鉱山を操業している。具体的な事業所所在地は以下のとおり[3]。

関連会社

[4]

鉱山関係
  • 釜石鉱山株式会社(田中鉱山より事業継承)
  • 八茎砕石株式会社
  • 船尾鉱山株式会社
  • 津久見石灰石株式会社
  • 八戸鉱山株式会社(旧・住金鉱業)
  • 四浦珪石株式会社
  • 津久見共同採掘株式会社
  • 葛生石灰砕石株式会社
  • アタカマ・コーザン鉱山特約会社(チリ)
  • アルケロス鉱山株式会社(チリ)
機械関係
  • 株式会社幸袋テクノ
  • 津久見車輛整備工業株式会社
  • 株式会社嘉穂製作所
  • 日本ボールバルブ株式会社
  • 上海晋華環境浄化工程有限公司(中国)
商事・サービス関係
  • 日鉄鉱コンサルタント株式会社
  • 新和商事株式会社
  • 日鉄鉱建材株式会社
  • アイ総合技術株式会社
  • 日鉄鉱(上海)貿易有限公司(中国)
製造加工関係
  • 日鉄鉱道南興発株式会社
  • 日比共同製錬株式会社
  • アテツ石灰化工株式会社
  • 北海道石灰化工株式会社
  • 霧島地熱株式会社

スポーツ活動

二瀬鉱業所で活動していた。プロ野球OBの濃人渉が監督であった1949年(昭和24年) - 1959年(昭和34年)には1952年と1958年の2度都市対抗野球大会で準優勝を達成した。また、プロ野球で活躍する選手も多数輩出した。
長崎県北松浦郡鹿町町を本拠地とし、北松炭田を統括していた北松鉱業所で1954年から1960年にかけて活動していた。1959年の都市対抗野球に出場。

在籍した著名人

政治家・実業家
プロ野球選手(日鉄二瀬硬式野球部出身者)

脚注

出典

  1. ↑ “日鉄鉱業のあゆみ|日鉄鉱業株式会社”. 2025年1月16日閲覧。
  2. ↑ “事業案内 | 日鉄鉱業株式会社”. 事業案内. 日鉄鉱業. 2025年12月23日閲覧。
  3. ↑ “事業所一覧 | 日鉄鉱業株式会社”. 事業所一覧. 日鉄鉱業. 2025年12月23日閲覧。
  4. ↑ “グループ会社一覧|日鉄鉱業株式会社”. グループ会社一覧. 日鉄鉱業. 2025年12月23日閲覧。

関連項目

外部リンク