早坂久子

ウィキペディアから、無料の百科事典

早坂 久子(はやさか ひさこ、1926年(大正15年)2月12日 - 2017年(平成29年)8月11日[1])は、日本の劇作家である[2]。脚本家としても活動し[1]、日本脚本家連盟員でもあった[1]。

経歴・人物

東京の生まれ[2]。日本女子大学卒業後の1953年(昭和28年)に早川書房に入社し[2]、同社が発行する『悲劇喜劇』の編集に携わる[2]。これによって同雑誌の戯曲研究会に加入し[2]、その後は自身での制作した作品を発表した[2]。

多くの舞台の劇作に携わり[2]、賞を受賞する[2]。後に劇作家のみならず小説の舞台の脚本も携わり[2]、脚本家としても活動した[1][2]。

受賞歴

手掛けた作品

劇作

  • 『相聞』
  • 『狐』
  • 『雁の帰るとき』

脚本

脚注

  1. 1 2 3 4 “早瀬久子氏がご逝去されました”. 日本脚本家連盟. 2024年2月23日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “早坂久子”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社). 2024年2月23日閲覧。