曲水

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曲水(きょくすい)は、庭園や山野をうねり曲がって流れる川を指す語である。また、古くから行われた詩歌の遊宴である「曲水の宴」を略して曲水と呼ぶこともある[1]。

語義

『精選版 日本国語大辞典』では、曲水を「庭園や山野をうねり曲がって流れる川」と定義している。『デジタル大辞泉』では「曲がりくねって流れる小川」と説明されている[1]。

曲水は、自然の地形に沿って曲がりながら流れる小川のほか、庭園内に設けられた曲線状の水路を表す際にも用いられる。庭園では、水の流れと周囲の地形、植栽、石組みなどが組み合わさり、景観を構成する。

庭園における曲水

日本庭園では、池や水路を通じて水の流れを景観に取り入れることがある。曲がりくねった水路は、直線的な流れとは異なる景観を生み出し、庭園内の水辺に変化を与える。

関連する造園用語に「遣水(やりみず)」がある。遣水は、庭園に水を引き入れるために設けられた流れを指す。曲水と遣水は関連する概念であるが、意味や使用される文脈が必ずしも同一ではない[2]。

造園学者の中根金作は、論文「曲水考」で、古代中国・韓国の曲水の遺構や日本の庭園遺構を検討し、曲水宴に用いられた施設の形態について考察している。同論文では、曲水宴に用いられたものを自然の流れだけでなく、独立した施設として捉える見方が示されている[3]。

曲水の宴

曲水の宴(きょくすいのえん)は、庭園の曲水に沿って参会者が座り、上流から流される杯が自分の前を通り過ぎる前に詩歌を詠み、杯を取って酒を飲む遊宴である。古くは宮中や公卿の邸宅で催され、中国から日本に伝わった行事とされる[4]。

曲水の宴は、上巳の日に行われた行事であり、後世には旧暦三月三日の節供と結び付けられた。参加者が水辺に座り、流れる杯を受け取って詩を詠む形式を特徴とする。杯を水に流す習俗は、曲がりくねった水路を利用する庭園文化とも関係している[5]。

日本では、奈良時代に宮廷行事として行われていたことが史料に見える。『続日本紀』天平二年(730年)三月の条には、天皇が松林宮で五位以上の者を宴し、文章生らに曲水を題とする詩を作らせたことが記されている[6]。

曲水の宴は、単に酒を飲む遊びではなく、漢詩や和歌などの詩歌文化とも関係する行事であった。曲水という語は、このような宴が行われる水路や、その行事自体を指す場合がある[1][5]。

歴史

曲水を「庭園や山野をうねり曲がって流れる川」の意味で用いた初出例は、『精選版 日本国語大辞典』によれば、鎌倉時代の紀行文『海道記』(1223年頃)に見られる。同書には「山に曲水あり庭に怪石あり」という記述がある[1]。

この用例では、山の曲水と庭の怪石が並べて記されており、自然の地形や庭園の景観を表す語として用いられている。

一方、曲水の宴は、それより古い時代の日本の史料にも見られる。辞書では、『懐風藻』(751年)に「三月三日曲水宴」を題とする詩の例が記録されている[4]。したがって、曲水という語の川を表す用法と、曲水の宴に関係する用法は、関連しながらも区別して扱う必要がある。

関連項目

脚注

  1. 1 2 3 4 “曲水”. コトバンク. 2026年10月12日閲覧。
  2. ↑ “遣水”. コトバンク. 2026年10月12日閲覧。
  3. ↑ 中根, 金作 (1985). “曲水考”. 造園雑誌 49 (4): 246-254.
  4. 1 2 “曲水の宴”. コトバンク. 2026年10月12日閲覧。
  5. 1 2 “曲水宴”. 山川出版社(Historist). 2026年10月12日閲覧。
  6. ↑ “日中の曲水宴及び草餅に関する比較民俗学的研究”. 早稲田大学リポジトリ. 2026年10月12日閲覧。