月がとっても青いから

ウィキペディアから、無料の百科事典

「月がとっても青いから」(つきがとってもあおいから、初出時の表記は「月がとつても靑いから」)は、1955年に発表され、歌手の菅原都々子が大ヒットさせた日本の歌謡曲。

概説

作詞:清水みのる、作曲:陸奥明。

陸奥が娘の都々子のイメージチェンジを賭けて売り出し、現在の市場規模の30分の1の時代、100万枚を超える[1]大ヒットとなった。この曲で菅原は歌手としての地位を不動のものにした。

1955年12月20日、日活製作の同名の映画が公開された。

後にレコード化した歌手に、石原裕次郎、森昌子、天童よしみ、遊佐未森、氷川きよし[2]等がおり、その他にも世代を問わず多数の歌手によって歌われている。カラオケ化もされるなど、日本のスタンダード曲として長く歌い継がれている。

脚注

  1. ↑ 長田暁二『歌謡曲おもしろこぼれ話』社会思想社、2002年、86-87頁。ISBN 4390116495
  2. ↑ goo音楽 「月がとっても青いから」