月輪経家

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月輪経家
時代 鎌倉時代中期
生誕 安貞元年(1227年)
死没 不詳[1]
官位 正二位、左近衛中将
主君 後堀河天皇→四条天皇→後嵯峨天皇→後深草天皇→亀山天皇
氏族 藤原氏九条家庶流月輪家
父母 父:九条基家
母:一条高能の娘
兄弟 経家、月輪良基
子 女子[2]
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月輪 経家(つきのわ つねいえ)は、鎌倉時代中期の公卿。非参議正二位左中将。父は歌人として知られる内大臣九条基家、母は参議一条高能女。父基家は九条を称していたが、経家からあとは月輪と称す。

経歴

以下、『公卿補任』及び『尊卑分脈』に基づいて記述する。

系譜

脚注

  1. ↑ 弘長3年(1263年)2月に出家
  2. ↑ 西園寺家庶流、三条公定の孫である三条公兼室で三条実秀母
  3. ↑ この日に元服
  4. ↑ 少将は元の如し。東山殿行幸の賞
  5. ↑ 臨時

参考文献