有栖川宮正仁親王

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有栖川宮正仁親王
有栖川宮家
有栖川宮正仁親王
続柄

宮号 有栖川宮
身位 親王
敬称 殿下
出生 (1694-03-06) 1694年3月6日
(元禄7年2月11日)
死去 (1716-11-07) 1716年11月7日(22歳没)
(享保元年9月24日)
埋葬 大徳寺龍光院(有栖川宮墓地)
子女 有栖川宮職仁親王(養子)
父親 有栖川宮幸仁親王(後西天皇皇子)
母親 家女房(兒島莎)
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有栖川宮正仁親王(ありすがわのみや ただひとしんのう)は、江戸時代の皇族。世襲親王家の有栖川宮第4代当主。

生涯

有栖川宮幸仁親王(後西天皇皇子)の第1王子として生まれる。生家の家系から、将来有栖川宮の当主になることが確定していた。宝永7年(1710年)、清閑寺熙定の女で徳川綱吉養女の竹姫と婚約したが、6年後に婚儀を目前にして早世。嗣子無く薨去したため、霊元天皇第17皇子の職仁親王が有栖川宮を継承した[1]。

系図

後水尾天皇 - 後西天皇 - 有栖川宮幸仁親王 - 有栖川宮正仁親王

脚注

  1. ↑ 日本人名大辞典+Plus, デジタル版. “正仁親王(ただひとしんのう)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2023年3月29日閲覧。