本多康長

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本多康長
時代 江戸時代前期
生誕 元和3年(1617年)
死没 明暦4年6月24日(1658年7月24日)
官位 従五位下縫殿頭
藩 近江膳所藩世嗣
氏族 本多氏(彦八郎家)
父母 本多俊次、立花宗茂養女
兄弟 康長、牧野光成正室、康将、忠顕、
忠隆、俊正、名和宗朝、鈴木仍時、
春木孝光室、細川興栄正室、忠利、
守之、立花鎮俊、忠英、伊丹某室、
本多直国室
妻 松平成重娘
子 康慶、真光院、加藤明英正室
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本多 康長(ほんだ やすなが)は、江戸時代前期の近江国膳所藩の世嗣。官位は従五位下・縫殿頭。

略歴

2代藩主・本多俊次の長男として誕生。母は立花宗茂の養女(小田部統房の娘)。

膳所藩嫡子として生まれ、寛永9年(1632年)徳川家光に拝謁。寛永17年(1640年)叙任するが、家督相続前の明暦4年(1658年)に早世した。享年42。

代わって弟・康将が嫡子となり3代藩主となったが、長男・康慶は康将の養子となってその後の藩主の座を継いでいる。

系譜