本多重正

ウィキペディアから、無料の百科事典

本多 重正(ほんだ しげまさ、? - 元亀3年3月11日(1572年4月23日))は、戦国時代の武将。通称作左衛門、次郎九郎、次郎大夫。諱は重基、重信とも伝わる[1]。

略歴

本多信正の子[2]。三河国額田郡大平村の住人であり、松平清康・広忠親子に仕えた[1]。

元亀3年(1572年)3月11日死去。法名了願。墓所は大樹寺。子に本多重次がいる[1]。

参考文献

脚注

  1. 1 2 3 榮進舍出版部 1917, p. 675.
  2. ↑ “本多氏”. 2022年12月6日閲覧。