朴明善

ウィキペディアから、無料の百科事典
朴明善
박명선
生年月日 (1943-06-15) 1943年6月15日(81歳)
所属政党 朝鮮労働党の旗 朝鮮労働党
称号 金日成勲章
親族 朴明哲

当選回数 2回
在任期間 1998年7月26日 - 2003年8月27日
2009年3月8日 - 2014年3月9日
最高指導者 金正日(1994年 - 2011年)
金正恩(2011年 - )

朝鮮民主主義人民共和国の旗 人民奉仕総局総局長
在任期間 2011年12月 - 2014年4月
内閣総理 崔永林(2010年 - 2013年)
朴奉珠(2013年 - 2019年)

朝鮮民主主義人民共和国の旗 内閣副総理
在任期間 2009年9月4日 - 2010年6月7日
内閣総理 金英逸(2007年 - 2010年)
テンプレートを表示
朴明善
各種表記
チョソングル: 박명선
発音: パク・ミョンソン
テンプレートを表示

朴 明善(朴命善[1]、パク・ミョンソン、朝鮮語: 박명선、1943年6月15日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国の女性政治家。内閣副総理、人民奉仕総局総局長、祖国統一汎民族連合北側本部副議長などを歴任した。朝鮮民主主義人民共和国オリンピック委員会委員長、最高裁判所所長、体育相などを歴任した朴明哲は兄。

経歴

1943年に生まれた[1]。出生地は不明[1]。1986年に平壌直轄市対外奉仕総局長に任命され[1]、1998年7月に最高人民会議第10期代議員に選出された[1]。1998年には国家観光総局長に転じ[1]、1999年に祖国統一汎民族連合北側本部副議長を兼任[1]。1999年に内閣対外奉仕局長に転じ[1]、2003年4月には金日成勲章を受章。同年8月に実施された最高人民会議第11期代議員選挙では代議員から脱落した。2006年に平壌外国奉仕学院院長に任命され、2008年には朝鮮料理協会会長を兼任[1]。

2009年3月8日に実施された最高人民会議第12期代議員選挙で代議員に再選され[1][2]、同年9月4日に最高人民会議常任委員会が出した政令により内閣副総理に任命された[1][3]。しかし、2010年6月7日に開かれた最高人民会議第12期第3回会議で内閣副総理職を召喚された[1][4]。2011年には人民奉仕総局総局長に任命されたが、2014年に解任された。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 박명선 朴命善북한지역정보넷
  2. ↑ 북, 12기 최고인민회의 대의원 687명 발표(명단) 統一ニュース 2009年3月9日
  3. ↑ 北, 내각 부총리에 박명선 임명 統一ニュース 2009年9月5日
  4. ↑ 北, 총리급.상급 등 대대적 개각 단행 統一ニュース 2010年6月7日

参考サイト