李業

ウィキペディアから、無料の百科事典

李 業(り ぎょう、生年不詳 - 734年)は、唐の皇族。薛王。恵宣太子。睿宗の五男。もとの名は隆業[1]。

経歴

睿宗と王徳妃のあいだの子として生まれた[2][3]。垂拱3年(687年)、趙王に封じられた。長寿2年(693年)、中山郡王に改封され、都水使者に任じられた。ほどなく彭城郡王に改封された。景龍2年(708年)、陳州別駕を兼ねた。別駕のまま、銀青光禄大夫・太僕寺少卿となった。景雲元年(710年)6月、睿宗が重祚すると、隆業は薛王に進封され、秘書監に任じられ、右羽林大将軍を兼ねた。まもなく宗正寺卿に転じた。学問を好むことから、秘書監に任じられた。のちに玄宗の名と連なるのを避けるため、隆業は業と改名した。先天2年(713年)、李業は玄宗に従って蕭至忠・岑羲らを討った。開元初年、太子少保に任じられ、同州・涇州・豳州・衛州・虢州などの刺史を歴任した。開元8年(720年)、太子太保に転じた[1][4]。

開元21年(733年)、司徒に進んだ。開元22年(734年)1月、死去した。恵宣太子の位を追贈された。橋陵に陪葬された[5][6]。

子女

  • 李瑗(楽安郡王)[5]
  • 李瑒(宗正寺卿・滎陽郡王)[5]
  • 李琄(嗣薛王、李林甫と対立して左遷された)[5][7]
  • 李璨(特進)[8]
  • 李璩(特進)[8]
  • 李琛[8]
  • 李璪[8]
  • 李珍(岐王李範の養子となる、嗣岐王)
  • 李琇[8]
  • 李瓊[8]

脚注

  1. 1 2 旧唐書 1975, p. 3018.
  2. ↑ 旧唐書 1975, p. 3009.
  3. ↑ 新唐書 1975, p. 3596.
  4. ↑ 新唐書 1975, p. 3602.
  5. 1 2 3 4 旧唐書 1975, p. 3019.
  6. ↑ 新唐書 1975, pp. 3602–3603.
  7. ↑ 新唐書 1975, p. 3603.
  8. 1 2 3 4 5 6 新唐書 1975, p. 2146.

伝記資料

参考文献

  • 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 
  • 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。