松嶺智義

ウィキペディアから、無料の百科事典
松嶺智義
? - 嘉暦元年10月11日
(? - 1326年11月6日)
宗旨 臨済宗
師 東山湛照
弟子 南堂智薫、処月[1]
テンプレートを表示

松嶺智義(しょうれい ちぎ)は、鎌倉時代後期の臨済宗の僧。後深草天皇の皇子[2]。

経歴・人物

京都東福寺の東山湛照について出家し、建仁寺の鏡堂覚円に師事[2]。湛照の法を嗣いだ[2]。のち円通寺、三聖寺、万寿寺の住持を歴任した[2]。

脚注

  1. ↑ 人名規範資料庫、2019年1月29日閲覧。
  2. 1 2 3 4 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『松嶺智義』 - コトバンク