松浜軒

松浜軒(松濱軒、しょうひんけん)は熊本県八代市北の丸町にある、肥後熊本藩細川氏の筆頭家老で八代城代[1]であった松井家の邸宅と庭園。別名:浜の茶屋。国の名勝に指定されている。名勝としての指定名称は旧熊本藩八代城主浜御茶屋(松浜軒)庭園。建物は八代市指定の有形文化財になっている[2]。
概要
[編集]1688年(元禄元年)、黄檗宗慈福寺の跡地に松井家三代・松井直之が生母崇芳院尼のために建てた茶屋で、八代城から北西に約300m程離れた場所に位置している。庭園の広さは約9,000平方メートル。
創建当初は、すぐ裏手は八代海を見渡す浜辺であり、松林を吹き抜ける風の音が聞かれたというのが名称の由来となっている。現在は、その後の干拓などにより海岸線からは遠くなり、また松林も枯れて、当時の面影は見られなくなっている。
熊本藩の医者・儒学者であり、八代城下にあった郷校伝習堂の師範でもあった宮崎雲台が著した『松浜軒記』によれば、「阿蘇の白雪、金峰の朝嵐を望む」とあり、松浜軒は阿蘇山、金峰山、雲仙岳までをも借景に取り入れた平明雄大な庭園であると紹介されている。
庭園の四季折々の花々が美しく、ツツジやヤマフジ、カキツバタ、コウホネ、オニバスなどの名所でもある。中でも、毎年6月頃に池を埋め尽くすほどに咲き乱れる肥後花菖蒲は特に有名で、県内外からの多くの観光客で賑わう。肥後花菖蒲を愛でる鑑賞茶会も開催される。
園内には怪異伝説にちなんだ「赤女が池」・「赤女が森」と呼ばれる場所があり、また伏見稲荷大明神や児宮(ちごのみや)と呼ばれる祠もある。また、多層塔や石灯籠、石橋(太鼓橋)などが点在している。
御茶屋は二階建ての建物で、母屋は茅葺き、下屋は杮葺になっている。また、門の横には馬屋を改造した宝物館が設けられ、松井家累代の文化財や美術品などが展示されている。
1949年(昭和24年)に、昭和天皇・香淳皇后が熊本に巡幸した際には宿舎としてご使用になったほか、1960年(昭和35年)10月24日、第15回国民体育大会視察のため天皇・皇后が八代市を行幸啓した際には昼食会場となった[3]。
1951年(昭和26年)から1958年(昭和33年)にかけて、鉄道好きで知られる作家の内田百閒は、ここを八代旅行の定宿にしていた。紀行シリーズの「阿房列車」などを参照。
1975年(昭和50年)9月12日、茶屋建物が八代市の有形文化財に指定された。
2002年(平成14年)12月19日、国の名勝に指定された。
2026年(令和8年)7月28日に発生した令和8年熊本地震により、建物が倒壊する被害が生じた[4]。松浜軒では被害状況を報告すると共に復興資金を募っている[5]。
施設
[編集]- 開園時間:9:00 - 17:00(入園は16:30まで)
- 休館日:月曜日(ただし祝日の場合は翌日が休館日。また6月の月曜日は開館)、お盆、年末年始
- 入場料金:一般500円、小・中学生250円(30名以上の団体は1割引き)
交通
[編集]鉄道・バス
[編集]自家用車
[編集]脚注
[編集]- ↑ 当時は一国一城令が敷かれていたが、薩摩藩島津氏への押さえとして、熊本藩では幕府より特別に本城である熊本城の他に、八代城の存続が認められていた。
- ↑ 松浜軒の建物(市指定)
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十三』東京書籍、2017年9月30日、125頁。ISBN 978-4-487-74413-8。
- ↑ @nhk_newsの2026年7月29日のツイート、2026年7月29日閲覧。
- ↑ 熊本・八代「松浜軒復興基金」
関連項目
[編集]参考文献
[編集]外部リンク
[編集]- 八代市・松浜軒公式ホームページ
- 八代市公式ホームページ/松浜軒(旧熊本藩八代城主浜御茶屋庭園)(国指定)
- 旧熊本藩八代城主浜御茶屋(松浜軒)庭園 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
座標: 北緯32度30分33.89秒 東経130度35分46.87秒 / 北緯32.5094139度 東経130.5963528度