
松田 澄夫(まつだ すみお 1921年9月11日 - 2022年4月12日[1])は、日本の洋画家。熊本県出身。昭和から平成にかけて日本の熊本市で活動。2022年熊本市の自宅にて逝去。今では郷里の熊本県立美術館、熊本市現代美術館を始め複数作品が収蔵されている。
叔父は日本人初の全米チャンピオンとなったプロレスラー、マティ・マツダ(1879年 - 1927年)である。
作曲家の岩代浩一は上京前の1952年-1953年の間、中学教師時代の同僚であった。松田がRKK(熊本放送)のラジオ番組に出演した際のコメントとして「教師として互いに切磋琢磨し屡々夜遅くまで語り合った」というエピソードを残している。松田の個展の際に岩代が当該個展用に作曲した曲をBGMとして流したという。
熊本県八代郡鏡町(現・八代市鏡町)生まれ。中学の美術教師の傍ら画業に勤しんだ。二科会熊本支部長(1962)。熊本県美術家連盟創立委員。日本美術家連盟会員。
昭和28年西日本水害では、熊本市本荘町にあった海老原喜之助の自宅と南坪井町の研究所も浸水。当時熊本市春日に住んでいた松田も被災。だが、海老原と共に復旧作業もそこそこに、翌27日から研究所のメンバー数人とスケッチに出掛けた。松田は「経験したこともない惨状を見て、描かずにはいられなかったのではという。画家としての精神の発露だったのだろう」と当時の海老原の心情を推測した。熊本市内の白川や坪井川沿いの被災地を歩き回り、約10日に亘ってスケッチを続けたという。
2013年における出展は、県立美術館が所蔵する海老原の21点と松田の21点。崩壊した家屋や折れ曲がった橋、がれきの山などが鉛筆のみで生々しく描写され、被災直後の様子を克明に伝えた。「惨たんたる光景を前に、描こうとしても気ばかり焦って手が動かなかった。そのために絵に緊迫感が生まれた」とコメントを残した。
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