松鶴城
(徳島県) | |
|---|---|
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 森村春 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 森氏 |
| 遺構 | 曲輪、石垣 |
| 指定文化財 | 未指定 |
| 再建造物 | なし |
歴史
鳴門市の土佐泊城を本拠地としていた森氏の2代目の森村春が、1586年(天正14年)に阿波国へ入った蜂須賀家政から福井庄椿泊など約3,000石を与えられ、この地に移り住んだとされる[1]。
森家4代当主の森村重の際に徳島藩の海上方に任命され、それ以後、松鶴城の城主は代々「森甚五兵衛」を名乗った。そのことから森甚五兵衛屋敷とも呼ばれる[1]。
松鶴城は現在の阿南市立椿泊小学校に築かれており、小学校の西側に松鶴城の石碑があり、南側の石垣が遺構である。
