栖本鎮通

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栖本鎮通
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不明
死没 不明
霊名 ドン=バウトロメウ
官位 兵部大輔・民部少輔(受領名)
氏族 栖本氏
子 天草久種室(洗礼名ドナ=ジョアナ)、親高、通隆(14代目当主、甚右衛門)、
武経(六之助、キリシタン)、上津浦種直室
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栖本 鎮通(すもと しげみち)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。キリシタン。栖本氏12代目当主。肥後国天草郡栖本城主

肥後天草諸島「天草五人衆」の一角である栖本氏は菊池氏の庶流。

大友義鎮(宗麟)から偏諱を受けたと思われる。相良氏との結びつきが強く、攻撃されると援軍を要請し相良氏も栖本氏を支援したという。

天正17年(1589年)に受洗した。