桃花原古墳
| 桃花原古墳 | |
|---|---|
| 所属 | 羽生田古墳群 |
| 所在地 | 栃木県下都賀郡壬生町羽生田(字北原) |
| 位置 | 北緯36度29分6.73秒 東経139度46分22.60秒 / 北緯36.4852028度 東経139.7729444度座標: 北緯36度29分6.73秒 東経139度46分22.60秒 / 北緯36.4852028度 東経139.7729444度 |
| 形状 | 円墳(下野型古墳) |
| 規模 |
直径63m 高さ5m |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 出土品 | 武器・馬具・斧状鉄製品・須恵器・土師器 |
| 築造時期 | 7世紀前半 |
| 史跡 | 壬生町指定史跡「桃花原古墳」 |
| 地図 | |
桃花原古墳(とうかはらこふん)は、栃木県下都賀郡壬生町羽生田(はにゅうだ)にある古墳。形状は円墳。羽生田古墳群を構成する古墳の1つ。壬生町指定史跡に指定されている。
概要
| 古墳名 | 墳丘 | 築造時期 | 史跡指定 | |
|---|---|---|---|---|
| 茶臼山古墳 | 前方後円墳 | 墳丘長91m | 6c後半 | 国史跡 |
| 富士山古墳 | 円墳 | 直径86m | 6c後半 | 県史跡 |
| 長塚古墳 | 前方後円墳 | 墳丘長80m | 6c末-7c初頭 | 県史跡 |
| 桃花原古墳 | 円墳 | 直径63m | 7c前半 | 町史跡 |
栃木県南部、思川支流の黒川の東岸台地上に築造された大型円墳である。2001年度(平成13年度)以降に発掘調査が実施されている[1]。
墳形は円形で、直径63メートル・高さ約5メートルを測る[1]。墳丘は3段築成で、特に1段目は平坦な基壇状を呈し、下野地域特有の「下野型古墳」の特徴を示す[1]。墳丘外表では、墳丘2・3段目斜面で葺石が認められるほか、墳頂部などに置いたとみられる須恵器甕(13個体以上、墳丘上で打ち欠き行為か[2])が出土している[1]。埋葬施設は凝灰岩製の複室構造の横穴式石室とみられるが、盗掘で大きく破壊されている。調査では、石室前面の前庭部がほぼ完全な状態で確認されており、多量の鉄鏃などの武器や馬具・斧状鉄製品・須恵器(フラスコ形瓶1・高坏1)・土師器(坏6)が出土している[1][2]。土が焼けた痕跡から、前庭部で実際に儀礼が行われたとみられる[2]。
築造時期は、古墳時代終末期の7世紀前半頃と推定される[1]。羽生田の古墳群では最後の首長墓と位置づけられる[1]。
古墳域は2022年(令和4年)に壬生町指定史跡に指定されている。
- 前庭部出土鉄製品
- 前庭部出土鉄製品
- 須恵器・土師器
遺跡歴
文化財
壬生町指定文化財
- 史跡
- 桃花原古墳 - 2022年(令和4年)3月1日指定。
関連施設
- 壬生町立歴史民俗資料館(壬生町本丸) - 桃花原古墳の出土品を展示。
脚注
参考文献
(記事執筆に使用した文献)
- 史跡説明板(壬生町教育委員会、2010年設置)
関連文献
(記事執筆に使用していない関連文献)
- 『壬生町史』 資料編 原始古代・中世、壬生町、1987年。
- 『栃木県壬生町 下坪古墳群・北原17号墳・桃花原古墳』壬生町教育委員会、1992年。
- 壬生町立歴史民俗資料館 編『栃木県壬生町 桃花原古墳 -発掘調査概報-』壬生町教育委員会、2003年。
- 壬生町立歴史民俗資料館 編『桃花原古墳』壬生町教育委員会〈壬生町埋蔵文化財調査報告書第21集〉、2006年。
- 君島利行「桃花原古墳と羽生田古墳群」『考古學雜誌』第93巻第1号、日本考古学会、2009年1月、56-71頁。
関連項目
外部リンク
- 桃花原古墳 - 壬生町立歴史民俗資料館
