梅戸綽

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梅戸 綽
生誕 1881年4月12日
日本の旗 日本 愛媛県
死没 (1951-09-05) 1951年9月5日(70歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1901年 - 1932年
最終階級 陸軍少将
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梅戸 綽(うめと ゆたか、1881年(明治14年)4月12日 - 1951年(昭和26年)9月5日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。

経歴・人物

愛媛県出身[1]。1901年(明治34年)陸軍士官学校第13期卒業[1]。

1923年(大正12年)3月に工兵第20大隊長、1924年(大正13年)2月に陸軍工兵大佐、同年12月に鉄道第1連隊長を経て、1929年(昭和4年)8月に陸軍少将・陸軍通信学校長に任官[2]。 その後、1932年(昭和7年)8月8日に待命、同月30日には予備役に編入した[1][2]。

脚注

  1. 1 2 3 4 『日本陸軍将官辞典』131頁。
  2. 1 2 3 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』181頁。

参考文献

  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。