梅津喜一
| 梅津 喜一 | |
|---|---|
| 生誕 |
1871年7月24日 |
| 死没 | 1959年1月2日(87歳没) |
| 所属組織 |
|
| 軍歴 | 1894年 - 1919年 |
| 最終階級 |
|
梅津 喜一(うめづ きいち、1871年7月24日(明治4年6月7日) - 1959年(昭和34年)1月2日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。
経歴・人物
福島県出身[1][2][注釈 1]。1894年(明治27年)陸軍士官学校第5期卒業[1][2]。
1915年(大正4年)8月に堺連隊区司令官、1916年(大正5年)1月に陸軍歩兵大佐、同年8月に歩兵第22連隊長を経て、1919年(大正8年)7月に陸軍少将に昇進と同時に待命、同年11月に予備役に編入した[1][2]。
栄典
脚注
注釈
- ↑ 廃藩置県直前の生まれのため磐城国あるいは岩代国の生まれであるが、正確な出身地が不明のため参考文献に従い福島県とした。
出典
参考文献
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。