森田浩光

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もりた ひろみつ
森田 浩光
プロフィール
生年月日 1947年??月??日
出身地 日本の旗 日本・東京都北区
没年月日 2026年6月4日(2026-06-04)(78–79歳没)
職業
活動期間 1963年 - 2024年
ジャンル アニメーション
代表作 監督
『コボちゃん』
『サザエさん』
作画監督
『ムーミン』

森田 浩光(もりた ひろみつ、1947年12月 - 2026年6月4日[1])は、日本の演出家、アニメーター、キャラクターデザイナー。東京都北区出身[2]。

代表作は『サザエさん』、『コボちゃん』など[3]。

略歴

幼少期からマンガやアニメが好きで、18歳の時に描いた漫画『世界をにぎる男』は、講談社の「第二回少年少女懸賞まんが」に入選した[2]。

高校在学中、虫プロダクション(虫プロ)にアルバイトとして入社。『鉄腕アトム』の動画を担当し、高校卒業後は虫プロに就職した[2]。虫プロ入社後しばらくはアニメーション以外にも読み切り漫画や月刊ディズニーランドの絵物語を執筆するなど幅広く活動した。

『ムーミン』(1970年)では、制作が東京ムービーから虫プロへ交代となったことを機に参加。『新ムーミン』(1972年)を含め作画監督およびキャラクターデザインを担当した[2]。

虫プロ退社後はアートフレッシュ、オフィス・アカデミー、グループ・タックを経て、1979年に樋口雅一らとメルヘン社を設立し、演出家としても活動する。

1990年、『コボちゃん』にてアニメーションコーディネーターを務め、『いじわるばあさん』(1996年)では監督に就任[1]。

メルヘン社退社後はフリーの立場でスタジオ・ライブ、イマジン、リバティシップ(後のリバティアニメーションスタジオ)から依頼を受けて活動する。また、サンライズ若木塾で後進の指導も担当した。

『サザエさん』には、プロデューサーの毛内節夫からオファーを受けて2005年5月29日放送回より参加。引退降板した山岸博の後を受けて2011年7月からチーフディレクター(総監督)に就任し、2024年3月まで務めた[1]。

2026年6月4日、死去[1]。78歳没。

主な作品

テレビアニメ

1963年
1967年
1968年
1970年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年
1977年
1978年
1980年
1981年
1982年
1984年
  • 子鹿物語(1984年 - 1985年、絵コンテ・演出補・作画監督)
1986年
1987年
1990年
1992年
1995年
1996年
1994年
1997年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2012年
2013年

劇場用アニメ

WEBアニメ

  • 海ノ民話アニメーション(キャラクターデザイン・絵コンテ・演出・原画・色彩設計)
    • 「おなべ岩」(2020年)[9]
    • 「甚助さんの板子」(2020年)[10]

出典

  1. 1 2 3 4 5 “お悔やみ 森田 浩光さま”. 株式会社エイケン (2026年6月15日). 2026年7月20日閲覧。
  2. 1 2 3 4 星まこと (2026年6月21日). “森田浩光さんに感謝”. 星まことの探求ブログ. FC2ブログ. 2026年7月20日閲覧。
  3. ↑ 「アニメーション監督、森田浩光さん死去 「コボちゃん」「サザエさん」など名作多数 日本アニメ界支える」『スポニチアネックス』2026年6月15日。2026年7月20日閲覧。
  4. ↑ “ワンサくん”. 手塚プロダクション. 2026年7月20日閲覧。
  5. ↑ “鉄腕アトム(1980)”. 手塚プロダクション. 2026年7月20日閲覧。
  6. ↑ “コボちゃん”. エイケン. 2026年7月20日閲覧。
  7. ↑ “いじわるばあさん”. エイケン. 2026年7月20日閲覧。
  8. ↑ “千夜一夜物語”. 手塚プロダクション. 2026年7月20日閲覧。
  9. ↑ “おなべ岩”. 海ノ民話のまちプロジェクト. 2026年7月20日閲覧。
  10. ↑ “甚助さんの板子”. 海ノ民話のまちプロジェクト. 2026年7月20日閲覧。

関連項目

外部リンク