横地節男

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横地 節男(よこち せつお、1916年2月22日 - 2004年3月17日)は、広島県出身の実業家[1]。島津製作所社長などを務めた[1]。

経歴

広島市に生まれる。旧制修道中学校(現:修道中学校・高等学校)、旧制広島高校を経て京都帝国大学法学部を卒業。1940年島津製作所に入社。取締役、常務、専務を経て、1981年社長に就任。不採算部門の合理化や管理部門の縮小などを行い、オイルショック後の経営不振を立て直した。1986年会長となる。2004年3月17日逝去。

脚注

  1. 1 2 牛越弘・四方田武紀 (1984年10月20日). “広島県(5)郷里離れ郷里に熱い視線(産業人国記)”. 日経産業新聞 (日本経済新聞社): p. 12

参考文献

関連項目

先代
上西亮二
島津製作所社長
1981年 - 1986年
次代
西八條實