横山亮次

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横山 亮次(よこやま りょうじ、1921年2月14日 - 2017年9月24日)は、日本の経営者、工学博士。日立化成工業(日立化成、昭和電工マテリアルズを経て、現在のレゾナック)社長を務めた。茨城県出身[1]。

来歴・人物

1944年に東京工業大学応用化学科を卒業し、同年に日立製作所に入社した[1]。1971年2月に日立化成工業に転じ、1972年11月に取締役に就任し、1973年11月に常務、1977年6月に専務を経て、1981年6月には社長に就任した[1]。1991年6月、会長に就任し、1995年6月から相談役を務めた[1]。

1984年11月に藍綬褒章を受章した[1]。

2017年9月24日に老衰のため死去した[2]。96歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 興信データ株式會社 2009, よ21頁.
  2. ↑ “横山亮次氏が死去 元日立化成工業(現日立化成)社長”. 日本経済新聞 (2017年10月12日). 2025年2月2日閲覧。

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第45版 下』興信データ、2009年。 
先代
高木正
日立化成工業社長
1981年 - 1991年
次代
丹野毅