橋本美加子

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橋本美加子

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橋本 美加子
(はしもと みかこ)
出生名 杉本 亜由美
別名 橋本 実加子
生誕 (1970-03-22) 1970年3月22日(56歳)
出身地 日本の旗 日本・大阪府
ジャンル アイドル歌謡曲
活動期間 1985年 - 1995年
2025年 -
レーベル ワーナーパイオニア
事務所 サンミュージックプロダクション

橋本 美加子(はしもと みかこ、1970年〈昭和45年〉3月22日[1] - )は、日本の歌手、女優。1980年代中期から1990年代中期にかけて活動し、橋本実加子(読み同じ)名義でも活動歴がある。当時の本名は杉本亜由美(すぎもと あゆみ)[2][3]。大阪市東区(現・中央区)出身[1]。堀越高等学校[4]卒業。血液型はB型。

来歴

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1983年、ワーナーパイオニア(現・ワーナーミュージック・ジャパン)主催のオーディション「ザ・スカウト83」で、中森明菜の「トワイライト -夕暮れ便り-」を歌い優勝し、芸能界入りする。事務所はサンミュージック、レコード会社はワーナーパイオニアという業界内大手同士の強力タッグにより、1985年3月22日、15歳の誕生日にシングル「メロウ・シーズン」でアイドル歌手デビューする。彫りの深い顔立ちで、愛称は「まつ毛ちゃん」[3][5]。キャッチフレーズは「『まつ毛ちゃん』に逢ったらよろしくと。」と「君と逢いたい85」の2パターン。また、デビュー曲発表会を1985年3月21日に豊島園で行う。そのデビューの年は大々的にプッシュされ、新人賞レースでも賞を五つ獲得した他[5]、多くのテレビ、CM出演など、鳴り物入りのデビューであった。同期デビューに、本田美奈子・森川美穂・中山美穂・南野陽子・森口博子・斉藤由貴・大西結花・芳本美代子・井森美幸・浅香唯・石野陽子・松本典子・おニャン子クラブなど、のちにトップアイドルになる華々しい顔ぶれと並んでのデビューだった。また、TBSTVニュース番組「テレポートTBS6」では、彼女の特集が組まれプロモーション費用が2億円と公開された。なお、デビュー当時の親友は同期デビューの本田美奈子、石野陽子、岡本舞子だった。

2年目の1986年、この年に行われた日生劇場のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』(1986年8月2日 - 8月25日)に出演、これを機に橋本実加子に改名[6]、歌手中心の活動から、ミュージカル、テレビドラマ、映画など女優中心の活動になる。なお、本人はデビュー前から女優志望であった。グラビアの仕事も増え、写真集も複数発売された。

1994年、橋本美加子に芸名を戻す。海外女優デビューするため、ヘアヌード写真集を発売したが、これを最後にデビュー時から所属していたサンミュージックを退所した。

2007年6月20日、VIVID SOUNDより全発売音源ベストCD『コンプリート ブラッサム』が発売された。

2014年5月17日、新宿のOSCARにてクラブイベント《IDOL 80's VOL4》にゲスト出演し、約20年ぶりに公の場に姿を現す[7]。デビュー当時からのファンが殺到し、音楽関係者、テレビ関係者をはじめ、橋本の大ファンだったお笑い芸人の坂本ちゃんも客として訪れた。

2022年11月16日放送の『あいつ今何してる?』スペシャル(テレビ朝日)にて、同期デビューだった森口博子の会いたい人として登場し、「バセドウ病や子宮系の病気などを経験した」ことを語ると共に、現在は日本鉄塔工業の社員として勤務していることを明かした[8]。

2025年3月23日デビュー40周年記念ライブを東京六本木バードランドにて開催。昼、夜の2回公演。応募者殺到の為に抽選方式となり完売となった。夜の部ではアンコールにて同期の芳本美代子、網浜直子、いしのようこ、松本典子、森下恵理がステージにあがりデビュー曲「メロウ・シーズン」を一緒に大熱唱。大成功に終わった。

2025年4月13日デビュー40周年記念追加公演ライブを東京六本木バードランドにて開催。前回の本公演に引き続き応募者殺到の為に抽選方式となり完売となった。

2026年3月22日誕生日を記念して、デビュー41周年記念ライブを東京六本木バードランドにて開催。昼、夜(完売)の2回公演。夜の部では、同期デビューの親友岡本舞子が登場し、当時2人が仲が良かった本田美奈子の楽曲「Temptation(誘惑)」をジョイントする。

2026年4月29日ベスト盤CD「ゴールデン☆ベスト 橋本美加子」2枚組をワーナーミュージックジャパンより発売。オリコン週間チャート99位初登場となり、デビュー以来アルバムがTOP100位入りするのは初のことである。またこれを記念して、販売先ワーナーミュージックジャパン協力により8月15日東京四谷Doppoにて昼、夜のイベントを開催。

備考

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  • きょうだいの末っ子[6]。父は機械関係の貿易会社の経営者であり、海外出張も多かったことから休日は家に居ることが少なく、本人は「寂しい週末を過ごしていたことが多かった」と話していたことがある[9]。
  • サイズは身長160cm、B81cm、W59cm、H84cm(1985年当時)[3][10]。
  • 中学生時代は水泳部、茶道部に居たことがある[11]。日本舞踊も習っていたことがある[11]。
  • 低音から中音がよく通る太い声質で声量豊かな高い歌唱力だった。
  • TUBEのボーカルの前田亘輝の大ファンであった。
  • まつ毛が非常に長く、マッチ棒も数本載せることが出来る[5]。

音楽

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シングル

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#発売日A/B面タイトル作詞作曲編曲規格品番
1 1985年
3月22日
A面メロウ・シーズン 三浦徳子 小田裕一郎入江純 L-1700
B面夕暮れボン・ボヤージュ馬飼野康二
2 1985年
6月12日
A面蒼いときめきSHOW誠志郎入江純 L-1710
B面エンジェル・サマー佐藤ありす多々納好夫大村雅朗
3 1985年
9月25日
A面個人生活―プライバシー―阿木燿子来生たかお 若草恵 L-1718
B面薔薇のロマンス松井五郎井上大輔
4 1985年
12月10日
A面ちょっと告白冬杜花代子長沢ヒロ渡辺俊幸 L-1723
B面15のメランコリー岸田采子多々納好夫椎名和夫
5 1986年
6月10日
A面ハート秒読み あらい舞若草恵 L-1742
B面予感真珠木あつこ安岡孝章椎名和夫
6 1987年
11月28日
A面TOUCH MY HEART湯川れい子G.Rochel
M.Martina
川上了 L-1822
B面(英語ヴァージョン) G.Rochel / M.Martina
7 1988年
4月25日
A面ツイン・ホリデー石坂まさを PADUDU 川上了 L-1838
B面(カラオケ)-

アルバム

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タイアップ曲

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年楽曲タイアップ
1985年蒼いときめきライオン「Banミシェル」CMソング
ちょっと告白テレビ朝日系テレビアニメ「昭和アホ草紙あかぬけ一番!」EDテーマ
1988年ツイン・ホリデー労働省・週休二日制キャンペーンソング

出演

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テレビドラマ

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ミュージカル

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Vシネマ

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ラジオ

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CM

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その他

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写真集

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  • あまんじゃく(1985年4月、旺文社) ISBN 4010099674
  • フレッシュスコラ12(1989年7月、スコラ) ISBN 4882754126 撮影:小沢忠恭
  • CASCADA(1989年12月、近代映画社) ISBN 476481630X 撮影:橋本雅司
  • Magical(1994年12月、スコラ) ISBN 4796202382 撮影:井ノ元浩二

脚注

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  1. 1 2 3 4 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、123頁。
  2. ↑ 『週刊平凡』 1985年4月19日号 p.130
  3. 1 2 3 『週刊少年サンデー』 1985年6月25日号 p.3 - 8 巻頭グラビアページ
  4. ↑ 『近代映画』(近代映画社)1986年6月号 p.134
  5. 1 2 3 『週刊宝石』 1989年12月28日号 p.232 - 233 本人の記事
  6. 1 2 『近代映画』 1986年9月号 p.130
  7. ↑ 主催者のツィート
  8. ↑ “森口博子の同期アイドルの今 バセドー病、子宮系の病気乗り越え「今が一番幸せ」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 2022年11月16日. 2022年11月17日閲覧.
  9. ↑ 労働基準(日本労務研究会 編)1988年4月号 p.1「働き蜂のお父さん―もっと『ツインホリデー』を―」
  10. ↑ 『BOMB』(学研)1985年4月号 p.208
  11. 1 2 『DUNK』 1985年5月号 p.32 - 33
  12. ↑ 2007年6月20日にボーナストラックを追加したCD版「コンプリート・ブラッサム」がリリースされた(規格品番:VSCD-3749)。
  13. ↑ “熱烈阪神ファン“陰のオーナー” 川藤幸三さんに感動しカンパ集めた逸話も”. スポーツニッポン (2023年6月3日). 2023年6月4日閲覧。

外部リンク

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