正木義断

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
正木義断
時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期
生誕 不詳
死没 不詳
別名 源七郎
官位 淡路守
主君 里見義康→忠義
氏族 安房里見氏→安房正木氏
父母 父:里見義頼 母:不詳
兄弟 里見義康、時茂、里見忠重、里見康俊、
義断、忠勝、女(奥平忠政室)
テンプレートを表示

正木 義断(まさき よしたつ)は、戦国時代後期の武将。安房里見氏の一族。里見義頼の子とされている。

生涯

正木頼時の養子となり、正木淡路守家を継ぐ。天正5年(1578年)、里見氏と後北条氏が和睦すると上総国百首城に移った。 1606年の分限帳では家臣団中2位の高さとなる3355石を一門衆として知行されている。里見家の改易後は、徳川家臣・内藤家長の娘を妻とし内藤家に仕えた。

参考文献

  • 川名登『房総里見一族』(増補改訂版)新人物往来社、2008年。ISBN 4404035225。