武士道ブレード

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武士道ブレード
The Bushido Blade
監督 トム・コタニ
脚本 ウィリアム・オーバーガード
製作 ベニー・コルゼン
アーサー・ランキン・ジュニア
製作総指揮 ジュールズ・ベイス
出演者 リチャード・ブーン
千葉真一
フランク・コンバース
ローラ・ジムスラー
ジェームズ・アール・ジョーンズ
マコ岩松
三船敏郎
音楽 モーリー・ローズ
撮影 上田正治
編集 黒岩義民
製作会社 アメリカ合衆国の旗 ランキン・バス・プロ
イギリスの旗 トライデント・フィルムズ
配給 アメリカ合衆国の旗 アクエリアス・リリーシング
カナダの旗 サギネイ・フィルムズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1979年
ノルウェーの旗 1979年12月31日
ドイツの旗 1985年7月15日[注釈 1]
上映時間 103分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イギリスの旗 イギリス
言語 英語・日本語
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『武士道ブレード』(ぶしどうブレード、The Bushido Blade) は、アメリカ合衆国とイギリスの合作映画[注釈 2]。カラー・パナビジョン・モノラル、103分。

概要

舞台は幕末。尊皇攘夷派に奪われた国宝の日本刀を取り戻すため、互いを知らない日本人とアメリカ人が協力し、その刀を奪還する物語である。江戸幕府とアメリカ合衆国が締結した日米和親条約・桜田門外の変という史実にフィクションを盛り込み、実在の人物であるマシュー・ペリーや林復斎と架空人物が関わりを持って、ストーリーが展開されていく。異国人同士が交流し、文化や慣習の違いを乗り越え、絆・友情・恋愛を育んでいくことも描かれている。

出演は千葉真一・三船敏郎・丹波哲郎・天津敏・浅野真弓(以上、日本)、リチャード・ブーン、フランク・コンバース、ジェームズ・アール・ジョーンズ、マコ岩松(以上、アメリカ合衆国)、ローラ・ジムサー(オランダ/インドネシア)など、複数の国々からキャスティングされた。ジムサーはヌード、浅野はセミヌードをそれぞれ披露している。ブーンと天津には本作品が遺作となった。映画スタッフには監督のトム・コタニほか、複数の日本人が参加している。ロケは一部イングランドで行われた以外、彦根城・大徳寺などほとんどが日本で撮影され、三船プロダクションのオープンセットも使用されている。

欧米ではDVDが2002年に販売されており[1]、日本では映画館で公開されずに1990年12月28日にVHSのみがリリースされ、92分に短縮されている[2]。

ストーリー

黒船来航で騒然としていた日本。国交を望むアメリカ合衆国は条約批准を求めていたが、200年以上鎖国を続けていた日本では、開国派と尊皇攘夷派とで国論が二分されていた。江戸幕府の特命全権大使である林復斎(三船敏郎)はマシュー・ペリー提督(リチャード・ブーン)が主催するパーティーに招かれていた。ペリーは早く条約を批准しようと調印を迫るが、林は「両国の親睦の証として、国宝の日本刀をアメリカ大統領に贈呈したい。調印はその後だ」と応じていた。ところが尊皇攘夷派の大名である大和守(丹波哲郎)に命ぜられた山崎伝之進(天津敏)に、その日本刀を奪われてしまう。林は日本刀を取り戻すまで条約締結しないとペリーに伝え、開国派のサムライ・井戸守(千葉真一)に奪還を命じる。ペリーは自分たちも手伝うと申し出るが、井戸守は国内の問題だからと断り、大和守の居城へ向かった。条約を早く批准するため、ペリーはローレンス・ホーク大佐(フランク・コンバース)を呼び、井戸守に協力して日本刀を取り返すよう指令。ホークはロビン・ガル士官候補生(ティモシー·マーフィー)とケイブ・ジョンソン水兵長(マイク・スター)を連れ、井戸を追いかける。

キャスト

主要キャスト

※オープニングのクレジットタイトル表記順。

サブキャスト

※エンディングクレジットのみ表記。

スタッフ

脚注

注釈

  1. ↑ 西ドイツはテレビ放映で、89分に短縮されている。
  2. ↑ 当該記事に外部リンクしている各々の映画データベースにより、製作年が1979年・1980年・1981年とそれぞれ異なっている。

出典

  1. ↑ トム・コタニ (監督)(英語・日本語)『武士道ブレード』(Color, DVD, Full Screen, NTSC)(DVD)Lance Entertainment ; distributed by Wellspring、ニューヨーク、2002年。ISBN 9780794202729。OCLC 51940703。
  2. ↑ トム・コタニ (監督)(英語・日本語)『武士道ブレード』(Color, Subtitled)(VHS)HRSフナイ、大阪府、1990年12月28日。

外部リンク