歩行性能照明

ウィキペディアから、無料の百科事典

歩行性能照明(ほこうせいのうしょうめい)は、歩行者が夜間に安全に歩くために必要な視覚情報を見せることを目的とした照明の考え方である。路面全体を一律に明るくするのではなく、歩行者が進行方向や周囲の空間を認識できること、段差や障害物を見分けられることなど、歩行に必要な性能に基づいて照明を計画する。角舘政英らの研究では、歩行者デッキ、橋、階段、集合住宅の共用部などを対象に、歩行に必要な光環境が検討された。[1][2]

考え方

歩行性能照明では、「路面をどれだけ明るくするか」だけでなく、「歩行者が歩くために何を認識する必要があるか」を検討する。平坦な場所では、歩行者は一度そこが平らであると認識すると、常に足元を注視せず、周囲の空間や進行方向を見ながら歩くことができる。一方、段差や階段では、高低差や段の形状を認識できる光が必要となる。このため、場所の形状や歩行者の行動に応じて、必要な箇所に光を配分することが重視される。[2]

照明学会の「歩行者の安全・安心のための屋外照明基準」も、照度だけでなく視認能力、照度均斉度、グレア、歩行速度、顔の見えなどを扱い、歩行者の視環境を複数の要素から検討している。[3]

一般的な街路照明との違い

一般的な街路照明では、路面照度などの数値を基準として道路を照らす方法が用いられる。歩行性能照明は、照度の確保に加えて、段差、障害物、通路の方向、周囲の人など、歩行時に必要となる情報が認識できるかを重視する。光を一律に増やすのではなく、歩行に必要な情報を見せる場所や方法を検討する点に特徴がある。ただし、歩行性能照明は照度基準を不要とする考え方ではなく、照度を含む視環境の条件を、場所の形状や利用者の特性と合わせて検討するものである。[2][4]

研究と実践

2000年、角舘は「さいたま新都心東側交通広場歩行者デッキの光環境計画」を『照明学会誌』に発表し、歩行者デッキにおける光環境計画を報告した。博士論文では、このデッキを対象に平坦な場所での歩行行動を調査し、歩行者が床面を常時見て歩くわけではないことを踏まえた照明計画を検討した。[1][2]

2001年には、角舘らが段差の認識行動と夜間の街路歩行上の安全性に関する研究を照明学会の講演論文として発表した。階段などの段差について、歩行者がどこを見て段差を判断するか、認識距離や歩行行動と照明の関係が検討された。[5]

2002年には、歩行者、自転車利用者、車椅子利用者などを対象に、夜間に歩道を安全・快適に通行できる明るさを調べた研究が照明学会全国大会で発表された。この研究では、路面照度を1.5、3、5、10、20 lxの段階に設定して視認性を評価し、すべての被験者が安全・快適に通行できる明るさとして5 lx以上、車椅子利用者では10 lx以上が必要との結果が報告された。[6]

2009年、これらの調査・実験を含む研究成果は、角舘の博士論文「街路空間における防犯性・安全性を高めるための照明環境に関する研究」にまとめられた。同論文の歩行機能照明に関する章では、さいたま新都心の歩行者デッキ、富山市八尾町の禅寺橋、段差認識、集合住宅の共用部を扱い、歩行空間の条件に応じた照明のあり方を論じている。禅寺橋などの現地調査・実験について、参照可能な資料から実施年を特定できない場合は、ここでは博士論文の刊行年を示した。[2]

2014年の上州富岡駅及び周辺整備では、駅舎だけでなく、駅前広場、道路、歩道、周辺施設を含む空間を一体として捉えた照明性能設計が行われた。照明学会誌に掲載された論考は、道路や公園などの管理区分ごとに照明を計画するのではなく、駅周辺のさまざまな空間を一体として計画した事例として紹介している。歩行者の通行や段差の認識を含む照明性能を、施設の管理境界をまたいで検討した実践例である。上州富岡駅及び広場周辺は、平成27年照明普及賞の受賞施設に選ばれた。[7][8]

2014年には、北本駅西口広場の計画について、地域の活動や照明実験を踏まえた照明性能計画が『照明学会誌』に報告された。同計画では、歩行時の安全性や周辺の暗がりへの配慮を含め、人の活動に基づく照明計画が扱われた。[9]

社会的意義と省エネルギー

歩行性能照明は、段差や進行方向など歩行に必要な情報を見やすくし、夜間の移動を支えることを目指す。高齢者や車椅子利用者を含む多様な利用者がいる場所では、利用者の身体特性や通行条件に配慮した視環境の検討が必要となる。

歩行に必要な情報を把握して光を配置することで、空間全体を過剰に照らさずに必要な視認性を確保できる可能性があり、安全性と省エネルギーの両立が計画上の課題となる。必要な明るさや照明方法は、段差、通路の形状、周囲の光、利用者などによって異なるため、照度を単純に下げることを意味するものではない。[2][10]

脚注

  1. 1 2 角舘政英「さいたま新都心東側交通広場歩行者デッキの光環境計画」『照明学会誌』第84巻第12号、2000年、917-920頁、doi:10.2150/jieij1980.84.12_917。
  2. 1 2 3 4 5 6 角舘政英『街路空間における防犯性・安全性を高めるための照明環境に関する研究』日本大学、2009年。
  3. ↑ “JIES-010 歩行者の安全・安心のための屋外照明基準”. 照明学会. 2026年10月16日閲覧。
  4. ↑ 「歩行者用照明の必要照度に関する研究」『平成14年度照明学会全国大会講演論文集』2002年、119頁。
  5. ↑ 角舘政英・堀貴子・堀口則彦・松井教順・関口克明「段差認識の行動特性と夜間における街路歩行上の安全性に関する研究」『照明学会誌』第85巻Appendix、2001年、127-128頁、doi:10.2150/jieij1980.85.Appendix_127。
  6. ↑ 「歩行者用照明の必要照度に関する研究」『平成14年度照明学会全国大会講演論文集』2002年、119頁。
  7. ↑ 小林茂雄・角舘まさひで「災害時対応を考慮した照明デザイン整備」『照明学会誌』第108巻第3号、2024年。
  8. ↑ “平成27年照明普及賞”. 照明学会. 2026年10月16日閲覧。
  9. ↑ 角舘政英・塚本由晴・貝島桃代・時田隆佑・小林茂雄「照明性能計画を採用した北本駅西口広場計画―まちづくりから整備まで」『照明学会誌』第98巻第4号、2014年、181-185頁、doi:10.2150/jieij.98.181。
  10. ↑ “JIES-010 歩行者の安全・安心のための屋外照明基準”. 照明学会. 2026年10月16日閲覧。