水越幸一

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水越幸一

水越 幸一(みずこし こういち、1879年(明治12年)6月6日[1] - 没年不詳)は、台湾総督府官僚。

経歴

山梨県出身。1909年(明治42年)、東京帝国大学法科大学政治科選科を卒業し、東京市主事となった[1]。1912年(大正元年)、高等学校卒業検定試験に合格し、東京帝国大学法科大学政治家を卒業[1]。高等文官試験に合格し、台湾総督府事務官、内務局地方課長、総督官房審議室勤務、交通局理事を歴任[1]。1929年(昭和4年)、台中州知事となり、1931年(昭和6年)に退官した[1]。

その後は台北市会議員[2]、台北商業会議所理事を務めた[3]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 帝国大学出身名鑑 1932.
  2. ↑ 『台湾人士鑑』台湾新民報社、1937年、p.352。
  3. ↑ 大衆人事録 1943.

参考文献

  • 校友調査会編『帝国大学出身名鑑』校友調査会、1932年。 
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版』帝国秘密探偵社、1943年。