江口秀人

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江口 秀人(えぐち ひでと、1927年2月27日 - 2012年11月22日)は、日本の経営者。ヤマハ発動機社長、会長を務めた。長崎県長崎市出身[1]。

来歴・人物

1953年に東京大学経済学部を卒業し、同年に日本楽器製造(現在のヤマハ)に入社した[2]。1968年に取締役に就任し、1969年に常務、1980年1月に取締役を経て、1983年8月に社長に就任した[2]。1994年4月に会長に就任し、1997年6月には顧問に就任[2]。1980年7月から1981年5月までにヤマハ副社長と1992年2月から1993年6月までにヤマハ会長も務め、1995年からはヤマハ音楽振興会理事長も務めた[2][1]。

1998年にフランスからレジオン・ド・ヌール勲章を受章[1]。

2012年11月22日心不全のために死去[3]。85歳没。

脚注

  1. 1 2 3 「現代物故者事典 2012-2014 p96」
  2. 1 2 3 4 人事興信所 1999, え6頁.
  3. ↑ 江口秀人氏が死去 元ヤマハ発動機社長2012年 12月4日 日本経済新聞

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第40版 上』人事興信所、1999年。 
先代
小池久雄
ヤマハ発動機社長
1983年 - 1994年
次代
長谷川武彦