沢村貴義

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沢村 貴義(さわむら たかよし、1913年2月6日[1] - 1977年1月28日)は、日本の経営者。日本通運社長を務めた。

経歴

香川県坂出市出身[2]。1937年に神戸商業大学を卒業し、同年に日本通運に入社[1]。

1946年に取締役に就任し、常務、海運事業部長を経て、1966年11月に専務に就任[1][2]。1968年1月には社長に昇格した[1]。

日野自動車工業取締役、東京商工会議所議員、日本経営者団体連盟常任理事なども歴任した[1]。

1977年1月28日、肝硬変のために死去[3]。63歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1975, さ236頁.
  2. 1 2 1968年 1月14日 読売新聞 朝刊 p3
  3. ↑ 1977年 1月28日 読売新聞 夕刊 p9

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第28版 上』人事興信所、1975年。 
先代
福島敏行
日本通運社長
1968年 - 1976年
次代
広瀬真一