河合逸雄
河合 逸雄(かわい いつお、1934年〈昭和9年〉1月3日[1] - 1997年〈平成9年〉3月15日)は、日本の医師、医学者、脳神経学者、精神医学者。元京都大学医学部助教授、元国立療養所宇多野病院(現・国立病院機構宇多野病院)院長[2][3]。
専門はてんかんの精神病理や意識障害の人間学[4]。著名な学者を多く輩出した「河合7兄弟(うち1人夭折)」の六男である[3]。
経歴・人物
兵庫県多紀郡篠山町(現・丹波篠山市)にて、歯科医の父・秀雄と母・静子のもとに生まれる[3][5]。
京都大学医学部を卒業後、精神医学・脳神経科学の研究に従事。京都大学医学部精神科助教授(現在の准教授に相当)を務め、臨床および研究において「てんかん」に伴う精神症状や意識障害の病理を追究した[3][4]。その後、国立療養所宇多野病院の院長に就任し、地域医療や神経疾患医療の向上に尽力した[2]。
親族
実の兄弟に優れた研究者が多く、長男の河合仁(外科医)、次男の河合公(内科医)をはじめ、三男の河合雅雄(霊長類学者・京都大学名誉教授)、五男の河合隼雄(臨床心理学者・京都大学名誉教授・元文化庁長官)がおり、雅雄、隼雄、および逸雄の3人が京都大学の教授職等に就いたことから地元では「京大の河合3兄弟」としても知られている[3][5]。また、四男の河合迪雄は歯科医で[3]、その子は河合岳雄であり甥にあたる。
著書
脚注
- ↑ 『研究者・研究課題総覧 医学』日本学術振興会、1980年、p.3361。
- 1 2 3 【訃報】河合 逸雄氏(国立療養所宇多野病院長) MEDIFAXweb、1997年3月18日掲載、2026年10月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 河合家の人々(京大の河合3兄弟) 丹波篠山市公式HP、2026年10月14日閲覧。
- 1 2 河合隼雄先生の思い出 「Web-CREO」2010年4月号、2026年10月14日閲覧。
- 1 2 Amazon著者ページ「河合 逸雄」 2026年10月14日閲覧。