津久見市立第二中学校

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津久見市立第二中学校
北緯33度04分29秒 東経131度51分14秒 / 北緯33.07485度 東経131.85384度 / 33.07485; 131.85384座標: 北緯33度04分29秒 東経131度51分14秒 / 北緯33.07485度 東経131.85384度 / 33.07485; 131.85384
過去の名称 津久見町立第二中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 津久見市
設立年月日 1947年(昭和22年)4月
閉校年月日 2024年(令和6年)3月31日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C144210000462 ウィキデータを編集
所在地 〒879-2444
大分県津久見市元町11-29
外部リンク 公式サイト - ウェイバックマシン
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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津久見市立第二中学校(つくみしりつ だいにちゅうがっこう)は、かつて大分県津久見市にあった公立中学校。略称は二中。

2024年(令和6年)3月末に閉校し、「津久見市立津久見中学校」に統合された[1][2][3]。

概要

歴史
1947年(昭和22年)の学制改革により新制中学校として創立。2024年(令和6年)に閉校し、77年の歴史に幕を下ろした。
校訓・校章
校歌
作詞は岡本淳三、作曲は辛島武雄による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「津久見第二中」が登場する。
通学区域
津久見市北西部の長目半島地域を校区としていた[4]。
小学校区は以下の通りであった。

沿革

統合の経緯

生徒数の減少のため津久見市立第一中学校との統合が検討され、津久見市教育委員会は2019年(令和元年)7月に、2023年(令和5年)4月に両校を統合して第一中学校の校地に新設校を開校するという素案を発表した。この素案では、本校の跡地は公民館等の公共施設として利用することが提言されている[7][8]。

部活動

運動部
文化部

著名な出身者

交通アクセス

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停留所
最寄りの幹線道路

周辺

周辺には寺院・神社が点在する。

  • 解脱闇寺
  • 世尊寺
  • 大船寺
  • 下青江神社
  • 石鎚神社
  • 青江川

脚注

  1. ↑ “津久見市の第二中学校で閉校式 4月からは第一中学校と統合「津久見中学校」に 大分”. TOS NEWS NNN. 2024年3月29日. 2024年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  2. ↑ “津久見市第一中と第二中で閉校式 新年度統合「新しい仲間と協力していく」”. 大分合同新聞. 2024年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月29日閲覧。
  3. ↑ “少子化で2校が統合した津久見中学校で開校式”. NHK. 2024年4月8日. 2024年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  4. ↑ “H29本校の概況と教育構想図”. 津久見市立第二中学校. 2019年12月1日閲覧。
  5. ↑ “津久見市立学校通学区域設定規則”. 津久見市. 2018年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月21日閲覧。
  6. ↑ “第二中学校 管理教室棟「落成式」”. 津久見市. 2024年4月21日閲覧。
  7. 1 2 『第一中学校と第二中学校の「統合計画(素案)」が決定しました』(プレスリリース)津久見市教育委員会、2019年7月10日。オリジナルの2019年12月1日時点におけるアーカイブ。
  8. ↑ “津久見市が中学校統合素案 23年度開校目指す”. 大分合同新聞. 2019年7月3日. 2019年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  9. ↑ “安藤 瑞季”. FC町田ゼルビア オフィシャルサイト. 2022年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月21日閲覧。

関連項目

外部リンク