清古平吉

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清古 平吉(せいこ へいきち、生没年不詳)は、日本の弁護士[1]。立憲政友会千葉支部幹事。千葉電燈株式会社監査役[2]。妻のテルは愛国婦人会千葉郡幹事[3]。

人物

千葉県千葉町の生まれ。1901年(明治34年)の『千葉通信』には「千葉県の弁護士界で最も多忙な人物の一人であり、弁護士組合会長の後任となる筈だ」とある[4]。1905年(明治38年)に中央大学千葉県支部の理事を務め、その後も1911年(明治44年)、1915年(大正4年)、1935年(昭和10年)と3度務めている[5]。

参考文献

  • 『日本弁護士史』(1914年.有斐閣書房)
  • 『附・房総人物名鑑』(1912年、安井融平)
  • 『房総人名辞書』(1909、千葉毎日新聞社)

脚注

  1. ↑ 有斐閣書房 1914, p. 1422.
  2. ↑ 安井融平 1912, p. 33.
  3. ↑ 千葉毎日新聞社 1909, p. 793.
  4. ↑ “『法律新聞』データベース(明治34年4月15日)”. 2022年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月16日閲覧。
  5. ↑ “中央大学学員会千葉県支部”. 中央大学千葉県支部会報. 2022年1月16日閲覧。

外部リンク