渡辺甲一

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渡辺 甲一(わたなべ こういち、1894年3月2日 - 1968年11月11日)は、日本の陸軍軍人、医師。最終階級は、陸軍軍医中将。

来歴・人物

埼玉県比企郡出身。旧制埼玉県立熊谷中学校[1]、旧制第一高等学校を経て[2]、東京帝国大学医科大学卒業[3]。1930年、医学博士(東京帝国大学)[4]。

1921年、東京陸軍兵器支援診療所主治医となる。1923年、陸軍三等軍医正[5]。1926年、陸軍一等軍医[6]。1945年、陸軍軍医学校長、陸軍省医務局長となる。第二次世界大戦後、復員局医務部長となり戦後処理にあたる。

復員局をやめた後、東京都中野区で開業し地域医療に尽くした[7]。

脚注