猿投祭り
| 猿投祭り | |
|---|---|
|
| |
| イベントの種類 | 祭礼 |
| 開催時期 | 10月第2土曜日、日曜日 |
| 初回開催 | 天文22年(1553年) |
| 会場 | 猿投神社(愛知県豊田市猿投町) |
| 主催 | 猿投町棒の手保存会 |
| 協賛 | 一般社団法人ツーリズムとよた |
| 駐車場 | あり |
猿投祭り(さなげまつり)[1][2]は、愛知県豊田市猿投町の猿投神社で行われている祭礼。棒の手の奉納で知られる。猿投祭りを含む旧西加茂郡猿投町地区の棒の手は1958年に愛知県の無形民俗文化財に指定された[3]。
概要
猿投神社の例祭である猿投祭りは、天文22年(1553年)に岩崎本郷城(現在の日進市本郷町)の主、丹羽氏清が飾り馬を奉納したことが始まりとされる[4]。最盛期には尾張・三河・美濃の3ヶ国、186ヶ村から献馬や棒の手が奉納され、境内で棒の手の技を競い合った[2]。
飾り馬の奉納は「オマント」と呼ばれる馬の塔である。馬の背に標具(だし)と呼ばれる作り物や御幣を立てた飾り馬を神前へ曳き出す。馬の塔は西三河地域や尾張国で見られる習俗であるが、なかでも猿投祭りの馬の塔はかつて最大規模のものであった[4]。
1日目土曜日の「試楽祭」では棒の手の奉納のほか神輿渡御がある。2日日日曜日の「本楽祭」では、棒の手や巫女舞などの奉納が行われる[2]。
1958年3月29日、旧西加茂郡猿投町の地域の「猿投」「四郷」「山中」「中切」「藤沢」「押沢・松嶺」「伊保」の7つの地区で行われている棒の手が「豊田市猿投の棒の手」として愛知県の無形民俗文化財に指定された[3]。猿投祭りの棒の手の流派は見当流(上切)と鎌田流(下切)である[3]。
2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症の世界的流行のため中止された。2022年は感染症対策で2日目の「本楽祭」のみの開催となった[5]。
2020年、鎌田流の家元「宗家(そうけ)」の8代目が急逝。翌2021年、名古屋市在住の娘が9代目を継ぎ、初めて女性が宗家を務めることとなった。同年10月17日、猿投神社で「猿投町棒の手保存会」の目録伝授が9年ぶりにあり、9代目宗家は、保存会が推薦した次世代の伝承者となる若手6人に流派の技などを記した巻物を手渡した[6]。
ギャラリー
- 神楽殿前を進む馬の塔
- 成年男性同士の棒の手
- 2対1の棒の手
- 子ども同士の棒の手
脚注
- ↑ 『新修豊田市史 別編 総集編』, pp. 190–191.
- 1 2 3 “猿投祭り”. ツーリズムとよた. 2026年10月12日閲覧。
- 1 2 『新修豊田市史 通史編 近世』, pp. 635–636.
- ↑ 中川史 (2022年10月10日). “棒の手、勇壮に奉納 猿投神社で3年ぶりに猿投まつり 愛知・豊田”. 朝日新聞. 2026年10月12日閲覧。
- ↑ 中川史 (2021年11月18日). “愛知県無形民俗文化祭「棒の手」 流派の家元に初の女性 豊田”. 朝日新聞. 2026年10月10日閲覧。
参考文献
- 『新修豊田市史 通史編 近世』豊田市、2021年3月31日。
- 『新修豊田市史 別編 総集編』豊田市、2023年3月31日。
- 『愛知の馬の塔と棒の手沿革誌』愛知県棒の手保存連合会、1993年5月18日。