生写朝顔話

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生写朝顔話(通称朝顔日記)は、義太夫、及び文楽の演目の一つ。

天保三年(1832)一月、大阪稲荷境内芝居にて初演。十八年後の嘉永三年、『増補生写朝顔話』として丸本が出版されたものの、初演時の番付とは段の配置が違うため、成立については諸説ある[1]。

周防国大内家に仕える儒者・宮城阿曾次郎(後の駒沢次郎左衛門)と、安芸国岸戸家の家老秋月弓之助の娘・深雪の恋愛譚に、大内家の御家騒動が絡む物語だが、現在もっぱら上演されるのは深雪を中心とした筋のみである。

特にクライマックスの「宿屋の段」とそれに続く「大井川の段」がよく上演されている。

また、「嶋田宿笑い薬の段」はチャリ場と呼ばれる滑稽な段の典型で、笑い薬を誤って飲んだ医者・萩の祐仙が笑い転げる見せ場がある。

あらすじ

  • 大序 大内館の段

西国の大大名である大内家は、亡き先代当主・大内義隆が隣国豊前の大友宗鎮を攻め滅ぼしていた。今は亡き義隆の跡を継いだ現当主・大内多々良之助義興(おおうちたたらのすけよしおき)が周防国中心とした領国を治めている。

義興に仕える家老・山岡玄蕃之允(やまおかげんばのじょう)と、彼に従う岩代多喜太(いわしろたきだ)、赤星運八(あかぼしうんぱち)の三人は御家乗っ取りを企む悪人たちである。

ある時、朝廷から玉橋の局(たまはしのつぼね)という女官が勅使として大内館に来訪し、「中宮の病気平癒のため、大内家の始祖・琳聖太子から伝来する家宝で、天竺の名医・耆婆が持っていたものだという薬王樹を差し出せ」との勅命を伝える。勅使を迎えるため、山岡玄蕃之允と家中の儒学師範を務める駒沢了庵(こまざわりょうあん)が共に饗応役となった。当主の義興は役目のために鎌倉にいるので、駒沢了庵は鎌倉に急使を立てるべきと主張するが、御家乗っ取りを企む山岡玄蕃は遮って急使は不要と反論する。留守を預かって当主の代行を務める先代の後室・園生の方(そのうのかた)は言い争う二人を押し留め、薬王樹を玉橋の局に渡すことに決める。

鎌倉の義興は大磯の揚屋「松葉屋」の瀬川(せがわ)という傾城に入れ揚げていて、諫言する家臣を手討ちにするなどの乱行に及んでいるとの話を鎌倉の家老から聞いた園生の方は、将軍家からお咎めを受ける前に義興を国に呼び戻そうと山岡玄蕃と駒沢了庵に相談を持ちかける。駒沢了庵は実の息子を放蕩のために勘当したので、甥・宮城阿曾次郎(みやぎあそじろう)への家督相続を許してくれるならば、彼を呼んで諫言の使者に立てようと提案する。しかし、山岡玄蕃は大袈裟なことと取り合わない。園生の方は阿曾次郎の相続を許し、彼を諫言の使者に立てるよう駒沢了庵に命じる。

また、山岡玄蕃は大内家の宝蔵へ赤星を忍び込ませ、大内家の宝の一つ・霊符の尊像を盗み出させる。山岡玄蕃は「鎌倉へ行って岩代と共に主君の遊興を唆して、将軍家からお咎めを受けさせるように」と赤星に命じ、鎌倉へ向かわせる。

園生の方に見送られ、薬王樹を持った玉橋の局の一行は館を去っていく[2]。

  • 多々羅浜の段

夜更けの多々羅浜に先ほど大内館へ来た勅使・玉橋の局が現れ、手下・夜叉丸(やしゃまる)と落ち合う。玉橋の局というのは仮の姿であり、山岡玄蕃一味と共謀して大内家転覆を狙う老女・荒妙(あらたえ)というのがその正体である。薬王樹をまんまと手に入れてほくそ笑む荒妙と夜叉丸。側で二人の話を盗み聞きしていた乞食が、荒妙の後を追いかけていく[3]。

  • 宇治川蛍狩の段

京で儒学を学んでいる駒沢了庵の甥・宮城阿曾次郎は、友人の僧侶・月心(げっしん)に誘われて宇治川へ蛍狩に訪れる。阿曾次郎が和歌を書き付けた短冊が風に巻かれ、川辺に停めてあった船に舞い込む。船の障子の内から現れたのは、安芸国岸戸家の家老・秋月弓之助(あきづきゆみのすけ)の息女・深雪(みゆき)である。短冊を拾い上げた乳母・浅香(あさか)から短冊を見せられた深雪は、和歌や手蹟の見事さに感心する。深雪がふと陸を見やると阿曾次郎と目が合い、互いに恋に落ちる。酔った浪人が深雪たちの船に乗り込んできて乱暴しようとするのを阿曾次郎が救う。深雪はお礼がしたいと阿曾次郎を引き留め、気を利かせた浅香が船の内へ深雪と阿曾次郎を二人きりにする。深雪は阿曾次郎に扇へ何か書いて欲しいと頼み、阿曾次郎は「露の干ぬ間の朝顔を…」と朝顔の歌を認める。深雪は和歌で阿曾次郎への恋を打ち明け、二人は契りを結ぶ。

と、そこへ阿曾次郎の伯父・了庵から「家督を継いで鎌倉へ下り、遊興に耽る義興を諫めてほしい」という急ぎの書状が届けられる。深雪は引き留めるが、阿曾次郎は朝顔の歌を自分と思い、再会を待って欲しいと告げて去って行く[4]。

  • 真葛が原茶店の段

京都の真葛が腹(現在の京都市東山区あたり)の茶店で秋月家に出入りする医者・立花桂庵(たちばなけいあん)が、大内家の御殿医の息子・萩の祐仙(はぎのゆうせん)を待っている。桂庵は深雪の父・弓之助の頼みで、深雪の縁談相手・阿曾次郎の素性を調べる一方で、深雪に思いを寄せる祐仙の世話をしている。桂庵は礼金目当てに、祐仙を偽の阿曾次郎に仕立ててしまおうと画策する。桂庵は礼金として祐仙から三十両の金をせしめ、阿曾次郎に似せるために祐仙を武士の身なりにさせる。更に桂庵は茶汲み女・お由(およし)と共謀し、惚れ薬と偽って祐仙に鍋墨を十五両で売りつける。祐仙がお由に試してみるとしなだれかかってくるので、あまりの効き目に逃げ回るのを見て、桂庵は大笑いする[5]。

  • 岡崎隠れ家の段

深雪の父・秋月弓之助は、安芸国の岸戸家に家老として仕えていた。しかし、主君はお欄の方という側室に惑わされ、お蘭の方の弟・芦柄伝蔵(あしがらでんぞう)という下郎を取り立てて高禄を与えた上、お蘭の方に唆されて深雪と伝蔵の縁談を強要した。これに怒った弓之助は岸戸家を離れ、今は京都の岡崎(現在の京都市左京区)ヘ隠棲している。

岡崎の家では深雪の婿候補が訪ねてくるとあって、弓之助と妻の操(みさお)が待ちかねている。一方、深雪は蛍狩の日から阿曾次郎のことが忘れられず、物思いに耽っている。乳母の浅香が深雪に「阿曾次郎が婿に来る」と伝え、深雪は喜ぶ。そこへ、偽阿曾次郎に仕立てた祐仙を連れた桂庵が訪ねてくる。挙動不審な阿曾次郎(祐仙)を怪しむ弓之助夫妻だが、ひとまず様子を見ようと話を聞くことにする。祐仙が余計なことをベラベラと喋るので冷や汗をかいて取り繕おうとする桂庵だが、結局偽者であることがバレてしまい、激怒した弓之助に追い出されて慌てて逃げ帰る。深雪は連れてこられた阿曾次郎が偽者と知り、形見の扇を抱いて忍び泣く。

そこへ岸戸家からの使者が訪れ、「芦柄伝蔵が民に重税を課したので百姓一揆が起こり、城が包囲された。主君が先非を詫びて帰ってきてくれるように頼んでいる」と主君の書状を渡してきたため、弓之助は帰国を決め、屋敷内は慌ただしくなる。そこへ本物の阿曾次郎が帰国の暇乞いに訪れるが、偽者が戻って来たと間違われ、追い返されてしまう[6]。

  • 明石船別れの段

多くの船が風待ちをしている明石の浦で、帰国途中の阿曾次郎は深雪に与えた「朝顔の歌」を耳にし、近くの大船に同じく帰国途中の深雪の姿を見つける。二人は思いがけない再会を喜び合い、深雪は阿曾次郎の船に乗り移る。共に連れて行って欲しいと懇願する深雪に心動かされた阿曾次郎は、その願いを聞き入れる。しかし、深雪が両親への書置きを残そうと船に戻った途端、風が吹き始めて深雪の乗る船が出航してしまう。深雪は遠ざかる阿曾次郎の船へ「朝顔の歌」の扇を投げ込むのであった[7]。

  • 弓之助屋敷の段

弓之助は安芸国岸戸家に戻り、百姓一揆を鎮圧したことで再び主君から重用されるようになっている。深雪は国へ戻ってからも阿曾次郎のことを思い詰め、塞ぎ込む日々が続いている。

そんなある日、城から戻った弓之助は、一揆を鎮めた褒美として主君の仲立ちで大内家の家臣・駒沢次郎左衛門(こまざわじろうざえもん)(実は改名した阿曾次郎)と深雪の縁談話を取りまとめて来たと話す。それを聞いた妻・操は、娘が宮城阿曾次郎という若者に恋していることを知っていたため、どうにかして阿曾次郎を探して夫婦にしてやろうと思っていた矢先の出来事に心を痛める。しかし、主君の仲立ちとあっては断ることはできないと、言葉を尽くして深雪を説得する。深雪は一旦得心したように見せ、内心では死の覚悟を固めていた。追い詰められた深雪は両親への書置きを残して家出してしまう。書置きを見つけた弓之助夫婦は驚き、家中は大騒ぎになる。弓之助は、奴の関助(せきすけ)に命じて深雪の後を追わせる[8]。

  • 小瀬川の段

小瀬川の付近では、渡海船の老女が持っているお守りは病人にご利益があるという評判が立っており、今夜も村人に連れられた老女は出かけていく。

入れ違いに、慣れない旅路に迷いながら駆けて来たのは家出した深雪である。深雪は恋ゆえに縁談を嫌って家を飛び出し、親に難儀を掛ける不孝の罪を両親に詫びる。覚悟を決めて深雪が小瀬川へ飛び込もうとしたところ、先ほどの老女が戻って来て、身投げしようとする深雪を助ける。話を聞いた老女は「その恋人に逢わせよう」と言葉巧みに深雪を渡海船に乗せ、沖へ漕ぎ出す。一足違いに関助が駆けつけるも、船の上の深雪と顔を見合わせたばかり。関助は船を追いかけて川沿いを走ってゆく[9]。

  • 摩耶ヶ嶽の段

摂津国と播磨国に跨る摩耶ヶ嶽の山中にある洞窟では、渡海船の老女、実は山岡玄蕃の一味・荒妙が大勢の手下を使って山賊をしている。荒妙は溺愛する娘・千里(ちさと)には山賊稼業のことを隠している。千里は新入りの手下・浮洲の仁三郎(うきすのにさぶろう)に密かに思いを寄せている。

荒妙母子が暮らす洞窟へやって来たのは人買い・輪抜吉兵衛(わなぬけきちべえ)。先ごろ荒妙から買った娘が女郎勤めを嫌がり、隙を見て逃げようとするのに困り果てて、その娘を戻しに来たのである。その娘とは荒妙に騙され、小瀬川から船で攫われてきた深雪であった。荒妙は言うことを聞かない深雪に業を煮やして散々に折檻する。心優しい千里は深雪を庇って母に詫びるが、荒妙は聞き入れずに尚も折檻を続けたため、ついに深雪は意識を失ってしまう。

そこへ手下が加勢を求めて来たので、荒妙は深雪をそのままにして出かけて行く。それを見送った千里は深雪を救うため、仁三郎の指図に従って母が大切にするお守りを持ち出し、その力で無事に深雪は息を吹き返す。仁三郎は荒妙が戻らないうちにと深雪を逃す。

仁三郎は突然、お守りの入った箱を打ち壊す。中から出て来た書状によって、荒妙が大友家の残党とわかる。仁三郎は千里との縁もこれまでと、洞窟の中に隠してあった薬王樹を持ち出して奥へ入る。帰って来た荒妙はお守りの箱が打ち壊されているのを見て驚き、娘を問い詰める。千里は言い訳のために自害する。瀕死の千里から一部始終を聞いた荒妙は奥へ踏み込もうとするが、奥から姿を改めた仁三郎が現れ、大内家の家臣・駒沢三郎春次(こまざわさぶろうはるつぐ)と名乗る。彼は勘当された駒沢了庵の実の息子であった。そして春次は、多々羅浜で荒妙の企みを聞き、薬王樹を取り返すために手下として入り込んでいたことを明かす。企みの失敗を悟った荒妙も自害し、瀕死の中で千里こそ亡き主君・大友宗鎮の遺児・菊姫(きくひめ)であると明かし、大友家再興のために仇敵・大内家を滅ぼそうと計ったことを打ち明ける。春次も荒妙の忠義の心を察し、千里との二世を約束する盃を交わすのであった[10]。

  • 大磯揚屋の段

大磯の遊郭の揚屋「松葉屋」では、今日も大内義興が酒宴を開いており、山岡玄蕃に従う岩代多喜太と赤星運八が付き添って義興に遊興をけしかけている。

と、そこへ駒沢了庵の甥・駒沢次郎左衛門(改名した阿曾次郎)がやって来て義興への目通りを願うので、岩代と赤星は田舎者に恥をかかせ、諫言しようものなら義興を唆して手討ちにさせようと待ち構える。しかし、やって来た次郎左衛門は諫言どころか酒の相手をし、見事な舞を舞って見せて座を盛り上げるので、すっかり義興のお気に入りになってしまい、岩代と赤星は当てが外れてしまう。義興らが奥の間へ入った後、次郎左衛門は義興が寵愛する傾城・瀬川に床の間に飾られた桜の花を示して謎をかける。瀬川は何かを察して奥へ入る。

夜も更けた頃、瀬川の禿・しほりの案内で次郎左衛門が瀬川の元に忍んでくる。瀬川が次郎左衛門に返事の文を渡すと、影からそれを見ていた義興が不義者として瀬川を手打ちにしてしまう。次郎左衛門も斬ろうとする義興だが、次郎左衛門から不義ではない証拠として返事の文を見せられる。しかし、書いてあるのは漢文で、読めない義興はお抱えの儒者・浅井順蔵(あざいじゅんぞう)を呼んで読ませると、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の馬嵬の別れについての故事が記してあった。次郎左衛門は瀬川に桜の花の謎をかけて命を奪うつもりであったが、それと察してわざと義興の手にかかって死んだ瀬川の健気な心を褒める。瀬川は愛しい義興との別れを惜しみながら生き絶える。瀬川の貞心と次郎左衛門の忠義によって義興は元の聡明さを取り戻し、次郎左衛門を師として儒学を学び、家宝を奪った盗賊の詮議に力を尽くすと誓う[11]。

  • 薬売りの段

遠江国浜松城下にて、すっかり落ちぶれた立花桂庵が、道行く人々を相手に怪しげな笑い薬を売っている。そこへ通りかかったのは不動尊へ参詣に来た嶋田宿の宿屋の主人・戎屋徳右衛門(えびすやとくえもん)である。桂庵に煙草の火を借りた徳右衛門は火の礼にと笑い薬を買って帰って行く。

桂庵の元に現れたのは人買い・輪抜吉兵衛。桂庵とは以前からの馴染みらしく、以前摩耶ヶ嶽に戻した娘(深雪)が逃げてしまったので行方を追っていることを告げ、見かけたら知らせろと言って去って行く。桂庵も「薬売りよりも儲かりそうだ」と呟きながら去って行く[12]。

  • 浜松小屋の段

浜松の街道の辺りに朝顔(あさがお)と名乗る盲目の女乞食が住んでいて、三味線を弾きながら露命を繋いでいる。実はこの朝顔こそ、苦難の果てに目を泣き潰してしまった深雪であった。子供達に石を投げられ、落ちぶれた我が身を嘆く朝顔。

そこへ通りかかったのは巡礼に身をやつし、深雪の行方を探し回っている乳母・浅香である。浅香は偶然行き合った朝顔に深雪のことを尋ねるうち、この物乞いが深雪かと思う。深雪も浅香だと気づくが、落ちぶれた身を恥じて「その娘は数日前に身を投げたと聞いた」と偽って小屋へ入ってしまう。浅香は深雪の母・操が娘の身を案じながら亡くなり、「せめて無事な姿を位牌に見せてほしい」と遺言していたと嘆きながら立ち去る。小屋の中で浅香の嘆きを聞いた朝顔は泣き崩れながら外へ転げ出て、この浅ましい姿で名乗れようかと煩悶し、親不孝の罪を嘆く。この様子を木陰で見ていた浅香はやはり深雪であったと朝顔に縋り付く。朝顔は名乗ることもできなかった心の内を語り、浅香は朝顔を励ましながら宿へと向かう。

そこへ通りかかったのは人買い・輪抜吉兵衛。朝顔が摩耶ヶ嶽に戻した娘と気付き、強引に連れ去ろうとする。浅香は仕込み杖の刀を抜いて応戦し、見事吉兵衛を討ち果たしたものの、酷い手傷を負う。瀕死の浅香は朝顔に嶋田宿にいると聞いた父・古手屋三郎兵衛(ふるてやさぶろべえ)の元を訪ねるように言い、証しとなる守刀を朝顔に渡して息絶えてしまう[13]。

  • 嶋田宿笑い薬の段

嶋田宿の宿屋・戎屋は大きな宿屋でなかなか繁盛している。戎屋の女中たちは最近徳右衛門が世話している盲目の芸人・朝顔の噂をしているが、徳右衛門に嗜められる。

戎屋に泊まっていた萩の祐仙は、同宿の武士の客が大内家の家臣・駒沢次郎左衛門と岩代多喜太であると知る。次郎左衛門と岩代は、鎌倉から本国へ戻る主君・義興の先触れとして戎屋へ逗留していたのである。次郎左衛門が外出している隙に祐仙は旧知の岩代と面会する。主君の遊興を止めさせた次郎左衛門を邪魔に思っていた岩代は、祐仙と共謀して痺れ薬を混ぜた薄茶を次郎左衛門に飲ませ、動けなくなったところを殺害しようと企む。祐仙は釜の湯の中に痺れ薬を入れるが、二人の密談を立ち聞きしていた徳右衛門は釜を取り換えておき、桂庵から買った笑い薬を新しい湯に混ぜる。戻って来た次郎左衛門に岩代は茶を勧め、祐仙が手前をする。そこへやって来た徳右衛門が「毒見をした上で無ければ次郎左衛門には飲ませられない」と止める。解毒薬を持っている祐仙が毒味役を買って出て、事前に痺れ薬の解毒薬を飲んでから茶を飲み干す。何事も無かったのだからと、徳右衛門に疑った非礼を償わせようと迫る祐仙だったが、薬が効いてきて笑いが止まらなくなる。祐仙は「医者が医者を頼むのは卑怯なようだが、早く医者を呼んでくれ」と言いながらも笑い続ける。「おかしくもないことでげらげら笑う戯け者め」と怒った岩代は、笑い止まなければ手討ちにすると脅すが、祐仙は笑いが止まらず、笑いながら逃げて行く。

腹立ちがおさまらない岩代は、徳右衛門に案内させながら風呂へ立って行く[14]。

  • 宿屋の段

自分の座敷へ戻った次郎左衛門は、座敷の衝立に見覚えのある「朝顔の歌」が書いた扇の地紙が貼られているのを見つける。徳右衛門に尋ねると、「元は中国あたりの武家の娘だったという盲目の女乞食が朝顔と名乗り、泊まり客を相手にその歌を歌って暮らしている」と言うので、もしや深雪ではないかと思った次郎左衛門は朝顔を座敷に呼ぶことにする。風呂から戻った岩代は「自分の知人である萩の祐仙の同席を一度は拒んだのに、乞食風情を座敷に呼ぶとは何事か」と拒むが、次郎左衛門に「盲目の女乞食が怪しい茶箱などは持参しないだろう」と当てこすられ、岩代は「呼びたければ呼べば良いが、座敷ではなく庭で演奏させろ」と言う。

戎屋の下女・お鍋(おなべ)に手を引かれ、朝顔がやって来る。顔を見て深雪だと気づいた次郎左衛門だが、敵対する岩代の手前、阿曾次郎だと名乗ることもできない。朝顔は恋しい阿曾次郎が目の前にいるとも知らず、琴を弾いて「朝顔の歌」を歌う。歌の見事さに感心した岩代は、先ほどまでの態度とは打って変わり、朝顔を座敷に上げて身の上話を聞く。身の上話に次郎左衛門は涙を溢すが、あくまで他人行儀に「もし夫が聞くならばさぞ満足に思うだろう」と言う。朝顔はその言葉に気にかかるものを覚えながら去って行く。

岩代も立ち去ると、次郎左衛門はもう一度徳右衛門を呼び、再び朝顔を呼ぼうとするが、外出してしまったと知る。早朝には出立しなければならない次郎左衛門は明石の浦で深雪から受け取った形見の扇に何かを書き付けると、多額の金子と明国渡りの妙薬を添え、朝顔に渡してくれるようにと徳右衛門に託す。その薬は甲子の年に生まれた男の生血と共に飲めばどんな眼病もたちまち平癒するというものであった。

出立の時刻となり、次郎左衛門と岩代の一行が戎屋を出た直後、朝顔が戻って来る。徳右衛門は次郎左衛門から預かった品々を渡し、朝顔の求めに応じて扇の文字を読み上げる。扇に「朝顔の歌」と「宮城阿曾次郎こと、駒沢次郎左衛門」という署名があると知った朝顔は、さっきの客が尋ねる阿曾次郎だったと驚く。半狂乱になった深雪は「雨が降っていて危険だ」と制止する徳右衛門を跳ね除け、次郎左衛門に追いつこうと戎屋を飛び出して行く[15]。

  • 大井川の段

次郎左衛門を追いかける深雪は大雨の中を大井川まで辿り着くが、川越人足たちに尋ねてみれば、次郎左衛門一行は既に川を渡った後であった。その上、折からの雨で川止めとなり、向こう岸に渡る方法がなくなってしまう。深雪は天に向かって自身の不幸を嘆き、思い余って大井川に身を投げようとする。そこへ秋月家の奴・関助と徳右衛門が止めに入る。関助は小瀬川で深雪を見失ってから深雪の行方を尋ね回っていたが、夢に浅香が現れて「深雪は嶋田宿の戎屋徳右衛門の世話になっている」というお告げをしたため、徳右衛門と共に駆けつけたのであった。深雪は浅香が自分を庇って亡くなり、守刀を証しにして、彼女の父・古手屋三郎兵衛を尋ねるように言われたことを話す。すると、徳右衛門が突然その守刀を自らの腹へと突き立てた。何事かと驚く二人に徳右衛門は、自分こそ浅香の父・古手屋三郎兵衛だと語り、深雪の祖父・秋月兵部(あきづきひょうぶ)には祖父の代からの恩があり、ある奥女中と関係して手討ちになるところを深雪の父・弓之助に命を救われたと話す。守刀と共に伯母のところへ養子にやった徳右衛門の実の娘こそ、深雪の乳母・浅香なのであった。また徳右衛門は、自分が次郎左衛門が残した妙薬に必要な「甲子の生まれの男」だと言い、自らの生血と共に妙薬を深雪に飲ませる。するとたちまち深雪の目が開き、元通りに見えるようになった。それを見届けた徳右衛門は「もはやこの世に未練はない」と息を引き取った[16]。

  • 返咲き吾妻の路草

次郎左衛門の妙薬と徳右衛門の命をかけた忠義によって目が開き、昔通りの姿に戻った深雪は関助を連れ、晴れの祝言を楽しみにしながら、足取りも軽く浪花路を歩いて行く。[17]

  • 駒沢上屋敷の段

大阪にある駒沢次郎左衛門の屋敷に、主君・大内義興が訪れる。義興は大友の残党を一掃し、岩代多喜太を供に連れて国へ戻る途中であった。

そこへ深雪が屋敷へ現れ、宮城阿曾次郎こと駒沢次郎左衛門と深雪はようやく再会を果たす。これを見た義興も喜び、早速二人に祝言を挙げさせる。内心面白くない岩代は次郎左衛門に嫌味を言う。

そこへやって来たのは駒沢了庵の一子・三郎春次。春次は摩耶ヶ嶽の荒妙の元から取り戻した御家の宝・薬王樹を義興に献上する。そして春次は山岡玄蕃一味の悪事を暴き、岩代は義興に成敗され、御家は安泰となる[18]。

脚注

  1. ↑ 内山美樹子ほか編『「朝顔日記」の演劇史的研究』(私家版・平成15年)
  2. ↑ YouTube 野澤松也 「生写朝顔話〜大序 大内館の段」① Matuya Nozawa 義太夫 Gidayu 弾き語り 2025年10月8日最終閲覧
  3. ↑ YouTube 野澤松也 「生写朝顔話〜大序 多々羅浜の段」② Matuya Nozawa 義太夫 Gidayu 弾き語り 2025年10月8日最終閲覧
  4. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  5. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  6. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  7. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  8. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  9. ↑ YouTube 野澤松也Matuya Nozawa「生写朝顔話-小瀬川の段」⑧ 義太夫 Gidayu 浄瑠璃 Joururi 弾き語り 2025年10月8日最終閲覧
  10. ↑ YouTube 野澤松也Matuya Nozawa「生写朝顔話-摩耶ヶ嶽の段」 (中、次、切) ⑨ 義太夫 Gidayu 浄瑠璃 Joururi 弾き語り 2025年10月8日最終閲覧
  11. ↑ 文楽応援団 ぷち解説 2025年10月8日最終閲覧
  12. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  13. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  14. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  15. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  16. ↑ 国立劇場 第233回文楽公演 令和8年5月 パンフレット
  17. ↑ 文楽応援団 ぷち解説 2025年10月8日最終閲覧
  18. ↑ 文楽応援団 ぷち解説 2025年10月8日最終閲覧