田上不美夫
たのうえ ふみお 田上 不美夫 | |
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| 生誕 |
田上 文雄 1956年5月(70歳) |
| 住居 |
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| 国籍 |
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| 職業 | 暴力団組員 |
| 活動期間 | 1972年[3] - |
| 団体 |
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| 身長 | 168cm[4] |
| 肩書き | 五代目工藤會会長 |
| 罪名 |
殺人罪[5] 組織犯罪処罰法違反[5] 銃刀法違反[5] |
| 犯罪者現況 |
刑事被告人 収監先:福岡拘置所 |
田上 不美夫(たのうえ ふみお、1956年〈昭和31年〉5月[3] - )は、日本のヤクザ。特定危険指定暴力団・五代目工藤會会長。現在勾留中(2024年3月 二審無期懲役判決、上告中[6])。2026年、福岡県警は、工藤会(北九州市)のトップは野村悟総裁から田上不美夫会長に交代したと断定した[6]。2026年7月16日、福岡県公安委員会は、指定暴力団および特定危険指定暴力団等の『五代目工藤会』(北九州市)の代表者を野村悟から会長の田上不美夫に変更したことを、官報で公示した[7][8]。
来歴
生い立ち
福岡県戸畑市(現在の北九州市戸畑区)で出生[1][3]。10人兄弟の三男であった[3][9]。
両親の不仲により10歳から児童養護施設で育つ[1]。中学時代から素行が悪くなり、中学卒業後に工員として働き始めたが、1972年(昭和47年)に16歳で工藤會木下組(戸畑市)に加入した[1]。木下組が解散したことから、木下組若頭中島直人により1975年(昭和50年)11月に工藤會田中組戸畑支部(1981年(昭和56年)に中島組となる)が結成された際には、戸畑支部長の下で活動[10]。その後、何度か恐喝罪等で逮捕されたが、いずれも短期刑で出所している[11]。1980年(昭和55年)7月に抗争中の「草野一家大東亜会」事務所(九州市若松区)に拳銃を撃ち込み、1981年(昭和56年)12月に逮捕され服役した[11]。
出所後の1984年(1984年)4月に工藤會四次組織の会長となった[11]。その後に恐喝事件で再び2年間服役した後、中島組本部長を経て、1990年(平成2年)12月に野村悟工藤會若頭から抜擢される形で田中組若頭に就任[11]。
その後、1998年(平成10年)のパチンコ店経営者に対する恐喝事件を起こして服役していたが、2003年(平成15年)2月に出所し、工藤會理事長に就任[12]。
2011年(平成23年)7月に工藤會会長に就任した。
工藤会頂上作戦
2014年(平成26年)9月13日、田上は北九州元漁協組合長射殺事件(1998年2月18日発生)の犯行に関与したとして、殺人・銃刀法違反の容疑で福岡県警に逮捕された。福岡県警はその後、以下の容疑でも田上を再逮捕した。
- 2014年10月1日逮捕[13] - 福岡市博多区石城町における女性看護師刺傷事件(2013年1月28日発生)で犯行に関与したとする、組織的殺人未遂容疑[14]。
- 2015年(平成27年)5月22日逮捕 - 北九州市小倉北区真鶴一丁目における男性歯科医師刺傷事件(2014年5月26日発生)に関与したとする組織的殺人未遂容疑[15]。同事件の被害者は北九州元漁協組合長射殺事件の孫に当たる[16]。
- 2015年7月6日逮捕 - 北九州市小倉南区湯川新町四丁目で、福岡県警の元警部が銃撃された事件(2012年4月19日発生)に関与したとする[17]組織的殺人未遂・銃刀法違反容疑[18]。
これらの容疑で計4回、福岡地方検察庁から福岡地方裁判所へ起訴された。
- 工藤会トップの座が田上不美夫会長へ
2026年(令和8年)7月1日、福岡県警は、工藤会(北九州市)のトップについて、野村悟総裁(79、二審無期懲役判決)からナンバー2の田上不美夫会長(70、同)に交代したと断定したことが、捜査関係者への取材で分かった、と報じられた[6]。県警からの報告を受けた県公安委員会は同月中旬にも暴力団対策法に基づき官報で公示する[6]。
その他
脚注
- 1 2 3 4 藪正孝 2021, p. 41.
- ↑ 【工藤會】溝下秀男=野村悟=田上文雄 2024年5月4日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “【独占手記】総裁を支えた田上不美夫という男「ヤクザにしかなれない人間なんていない」 特定危険指定暴力団「工藤会」控訴審結審”. FNNプライムオンライン(テレビ西日本). Fuji News Network (2023年12月1日). 2024年12月1日閲覧。
- ↑ 【特別手配】「工藤会」ナンバー2 田上不美夫(たのうえ・ふみお)2024年5月4日閲覧。
- 1 2 3 「工藤会総裁に死刑判決 ナンバー2には無期懲役判決」『朝日新聞デジタル』朝日新聞社、2021年8月24日。2024年5月4日閲覧。
- 1 2 3 4 「【独自】工藤会トップが交代 福岡県警が断定、総裁の野村被告が長期拘束で求心力失ったか」『西日本新聞me』西日本新聞社、2026年7月2日。2026年7月2日閲覧。
- ↑ 官報 令和8年7月16日 木曜日 本紙第1749号(発行 内閣府)p7「福岡県公安委員会告示配第三号」福岡県公安委員会委員長 高田聖大. 2026年8月2日閲覧。
- ↑ 官報 令和8年7月16日 木曜日 本紙第1749号(発行 内閣府)p7「福岡県公安委員会告示配第四号」福岡県公安委員会委員長 高田聖大. 2026年8月2日閲覧。
- ↑ 10人きょうだいのうち、男は4人で、兄2人は生後間もなく亡くなり、弟も20代で亡くなっており、男は不美夫だけになっている。不美夫20歳前に父親が亡くなり、死亡届出や葬儀は不美夫自らが行ったという。出典:『西日本新聞me 2026年7月2日』「【独自】工藤会トップが交代 福岡県警が断定、総裁の野村被告が長期拘束で求心力失ったか」. 2026年7月2日閲覧。
- ↑ 藪正孝 2021, pp. 41–42.
- 1 2 3 4 藪正孝 2021, p. 42.
- ↑ 藪正孝 2021, p. 45.
- ↑ 「福岡県警:工藤会トップを再逮捕…組織的殺人未遂の疑い」『毎日新聞』毎日新聞社、2014年10月1日、1頁。オリジナルの2014年10月5日時点におけるアーカイブ。
- ↑ 「工藤会:15人逮捕、決め手は通信傍受」『毎日新聞』毎日新聞社、2014年10月2日、1頁。オリジナルの2014年10月2日時点におけるアーカイブ。
- ↑ 「工藤会トップら4人再逮捕 歯科医を殺害未遂の疑い」『朝日新聞デジタル』朝日新聞社、2015年5月22日。オリジナルの2015年5月25日時点におけるアーカイブ。
- ↑ 「工藤会:トップら4人再逮捕 歯科医襲撃の疑い 福岡県警」『毎日新聞』毎日新聞社、2015年5月22日、1頁。オリジナルの2015年5月23日時点におけるアーカイブ。
- ↑ 「元県警警部銃撃 組織的殺人未遂容疑で工藤会トップら18人逮捕」『西日本新聞』西日本新聞社、2015年7月6日、夕刊。オリジナルの2015年7月6日時点におけるアーカイブ。
- ↑ “暴力団検挙速報(野村悟ほか)”. 福岡県警察 (2015年7月6日). 2015年7月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月5日閲覧。
- 1 2 藪正孝 2021, p. 52.
参考文献
- 藪正孝『福岡県警工藤會対策課』彩図社、2021年。ISBN 9784801305724。
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