田中荘三

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田中 荘三(たなか しょうぞう、1933年12月8日 - 1996年2月15日 )は、日本の経営者。日本触媒社長を務めた。

来歴・人物

大阪府出身[1]。1957年に京都大学経済学部を卒業し、同年に日本触媒化学工業(のちの日本触媒)に入社[1]。1983年3月に取締役に就任し、1987年2月に常務、1989年2月に専務を経て、1990年2月には社長に就任[1]。1996年1月には会長に就任[2]。

1996年2月15日心不全のために死去[3]。62歳没。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 1991, た46頁.
  2. ↑ 1996年 1月30日 日本経済新聞 朝刊 p12
  3. ↑ 1996年 2月16日 日本経済新聞 朝刊 p39

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第36版 下』興信データ、1991年。 
先代
中島爾
日本触媒社長
1990年 - 1996年
次代
会田健二