田村はつゑ

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たむら はつえ

田村 はつゑ
生誕 (1935-09-12) 1935年9月12日
日本の旗 日本・群馬県桐生市
死没 (2024-04-30) 2024年4月30日(88歳没)
国籍 日本の旗 日本
職業 調理師
活動期間 1997年 - 2023年
著名な実績 500円食堂「はっちゃんショップ」の経営
配偶者 既婚(1957年 - 2013年死別[1])
子供 3人[2]
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田村 はつゑ(たむら はつえ、1935年〈昭和10年〉9月12日[3] - 2024年〈令和6年〉4月30日[4])は、日本の調理師。500円で食べ放題のバイキング形式の食堂「はっちゃんショップ」の経営者として話題を集めた[5][6][4]。

経歴

1935年9月、群馬県桐生市に長女として出生[6][2]。父親は機織り機の修理業、母親は機屋で働くという家庭だった。1938年、渡良瀬川の氾濫によって家をなくし、その後父親は太平洋戦争で軍に行った[2]。終戦後、10歳にして奉公に出された[6]。このため、まともに学校に行くことができず、晩年になっても読み書きできるのは平仮名だけだった[6][2]。

1957年、3歳年上の男性と結婚。1959年には長女をもうける[2]。

1997年、長年勤めたパチンコ製造会社が倒産[6]。同年、桐生市相生町の自宅物置を改装し、500円で食べ放題のバイキング形式の食堂「はっちゃんショップ」を開業[2][5]。

2024年4月30日、88歳で死去。喪主は次男が務め、5月3日には告別式が執り行われた[4]。

経営

遠方から来店した客には無料にすることもあり、毎月7万円の赤字を出した[7]。また、小学6年生までの子供も無料にしていた[1]。

品目はご飯・みそ汁のほか、ブリの煮物、焼きそば、鶏皮の炒めものなど10品目以上[5]。総菜は日替わり[8]。午前11時半には店を開け、30席ほどの店内はすぐに満席になった[5][9]。

出演

脚注

  1. 1 2 “500円食べ放題「はっちゃん」食堂は心も満たす。田村はつゑさん85歳「儲けるためにやってるわけじゃない」〈おばちゃん力、ここにあり〉”. 婦人公論 (2021年7月12日). 2021年12月5日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 “田村はつゑさん、夫の遺族年金を当てて食堂経営20年”. 女性自身 (2018年3月17日). 2021年12月5日閲覧。
  3. ↑ “田村はつゑ”. 人物名鑑オンライン. ジテンオン. 2025年1月31日閲覧。
  4. 1 2 3 「おくやみ 田村はつゑさん 88歳」『桐生タイムス』2024年5月2日、14面。2025年1月31日閲覧。
  5. 1 2 3 4 「一度も黒字なし、年金でカバー ワンコイン食堂の心意気 群馬・桐生」『毎日新聞』2021年1月9日。2021年12月5日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 “「もうタダでいいや」毎月赤字で料理を振る舞う”はっちゃん”の人生”. ライブドアニュース. 株式会社ライブドア (2018年10月23日). 2025年1月31日閲覧。
  7. ↑ “500円食べ放題を貫く“はっちゃん”こと田村はつゑさんの信条「絶対値上げしない」”. 週刊女性 (2021年1月9日). 2021年12月5日閲覧。
  8. 1 2 “一滴の向こう側 - 第32回 お腹も心も満腹 人情食堂”. BSフジ公式サイト. ビーエスフジ. 2017年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年1月31日閲覧。
  9. ↑ “288円の定食がお得すぎる!コロナ下で見つけた激安グルメ”. SPA! (2021年3月18日). 2021年12月5日閲覧。
  10. ↑ “あさチャン! - お母さんのワンコイン食堂”. TBSホームページ. TBSテレビ (2017年9月13日). 2025年1月31日閲覧。
  11. ↑ ““はっちゃん”の名物食堂を襲ったコロナ…密着Dが感じた「ふれあいの大切さ」”. マイナビニュース (2020年8月1日). 2021年12月5日閲覧。