画竜点睛を欠く

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画竜点睛を欠く(がりょうてんせいをかく)は、『歴代名画記』においての概念。

概要

全体としては良くできているものの、肝心な所が欠けているために完全とはいえないようなもののことをいう[1]。作品を仕上げる場合に、最後の大切なところで怠ったために、全体が不完全になったり、引き立てられなかった場合にこのようにいう[2]。完成にあと一歩届かないような場合にいう[3]。これは元は物事の一番大切な部分が欠けているということが表されていたのだが、後の時代に最後の詰めが甘いことが表されるようになっている。面白い映画であったのだが、それのクライマックスが良くなかった場合などにこのようにいわれる[4]。

これは『歴代名画記』での事柄である。そこでは画家が金陵の寺の壁に四匹の竜を描くということがあったのだが、瞳を描き入れていなかった。そしてこれを描いた画家は、もし瞳を書き入れれば、この竜はすぐに飛んで行ってしまうと言う。人々はこれを信じずに、是非とも瞳を描き入れるように求めた。このため四匹のうちの二匹の竜に瞳を描き入れれば、たちまち雷が鳴り稲妻が走り壁が壊れ、瞳が描かれた二匹の竜は雲に乗り天に飛び上がり去って行ってしまった。まだ瞳が描き入れられていない二匹の竜というのが画竜点睛を欠くという状態であり、寺に残り続けていたのであった[5]。

脚注

外部リンク